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The Genroku(元禄)-歌舞伎マンー  作者: 三上嵐太郎
第二章 居どころ
11/20

 日は天の真上まで来ており、祇園の街並みを照らしていた。

 夜の賑わいとはまるで別の町のように人通りは少なく、余計に冬の寒さを感じさせていた。

 その中に、一見見落としてしまいそうな、趣のあるたたずまいの料亭が、竹林の中にひっそりと構えていた。

 料亭とはいっても一種の連れ込みようで、酒の後にお女郎達を引いて、伴にすることができる部屋が幾つも備えてある。

 日中であるので、もう客などいるわけがないはずであるが、一番奥の部屋より微かな声が聞こえてきている。


「もう昼時であろうか、また寝過ぎてしまったようだ」


 部屋の中には、一組の布団にくるまったままの若き男女がいた。

 薄明かりしか届かない部屋の中で、男はそう言いながら這い出すと、身支度を整え始めた。


「主様・・・お帰りですかえ」


 まだ寝むそうに声をかけた女は、色香を全身より放ち、かといって卑猥さは欠片もなく、極上の淫猥さという感があった。


「戻らねば・・・またお師匠様に叱られる」


 ばつの悪そうな苦笑いを浮かべ、男は振り向いた。

 障子窓より漏れた光が男の顔を照らした。

 そこには色白のすっとした顔立ちの中に、まだあどけなさが残る顔が照れくさげにしていた。


「そのようなお顔を見てますと、ほんに幼子のようにみえまする」


 女は親愛の情をこめた、冷やかしの口調で話した。


「そう、私はまだ子供よ、されどそれでも私を好いてくれる女子はたくさんいてくれる」


 ふてくされる風でも無く、男はさらりと言い返した。

 女は少し膨れたようなそぶりを見せ、


「ほんに、主様は意地の悪いお方どすな」

御蘭(おらん)は本当に可愛いのう・・・私よりも三つも歳が上であるとは思えぬ事を言う」

「それは主様の前だけでありんす、そういう主様とて十六とは思えぬ落ち着きようは、いかがでありましょう」


 それを聞いた若者は、大きな声を出して笑った。

 笑わずにはおれなかった。

 幼き頃より幾多の修羅場を掻い潜り、魔物といえども数え切れぬ血を浴び、幾つもの死体を積み上げてきたのである。

 落ち着いて見えるといわれても、自ら望んでそうなったわけではない。


(ここへくるのは決まって、殺め事をした後だな・・・血に染まったこの手で女を抱くというのは悪趣味であろうが、体中の血のたぎりを抑えることが、一人ではできぬ)


 若者は、御蘭の顔をいとおしげに見つめながら、思いを巡らしていた。

 掛け布団をめくり、襦袢のはだけた胸元と裾を直しながら、白粉の匂いと自身の淫靡な匂いをまとい、御蘭は起き上がった。

 ふいに若者は御蘭の前に座り、


「何故にお前は、私のことをそんなに好いてくれるのか・・・大概の者は私の姿形を見ると、嫌気のこもった態度や言葉を浴びせるもの、下手をすると逃げまどう者までおる・・・それなのに」

「ほほほ、何も怖いことなどありませぬ、どんな姿でありましょうと主様は主様、それにあちきは、御姿だけではなく御心に惚れているのでありんす」


 潤んだ目を伏し目にしながら、恥ずかしげに御蘭は囁いた。

 目の前の若者は確かに異様である。

 ざんばらな髪の毛は女子のつける紅のように赤く、瞳の色は新芽のような真緑である。

 背も5尺7寸と高く、一見痩せて見えるその体は、筋肉に覆われていた。


「ありがとう・・・それでは行くとするか」

「相も変わらずそのような身形でごじゃりまするのえ?お坊様ではありませぬのに」

「皆が皆、御蘭のように私を好いてはくれぬ、京においてはこの姿が一番目立たぬのだ、目立たぬことも人への思いやりというものよ」

「それはそうでありましょうが、あちきは主様のお顔をずっと見ていたいのですえ」


 支度を整え、どうみても虚無僧のそれにしか見えない若者は、うれしそうに笑った。


「また来る」

「あい、いつでもお越しくださいませ、あちきは何処へも行きませぬゆえ」


 御蘭は名残惜しげに、しなを作りながら見送った。

 風はなく、日差しが心地よく感じる昼下がりの遊郭から、似つかわしくない虚無僧が歩み出た。

 しかし、すぐに人波に混じり込んで、京のいつもの景色になって行った。


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