二
日は天の真上まで来ており、祇園の街並みを照らしていた。
夜の賑わいとはまるで別の町のように人通りは少なく、余計に冬の寒さを感じさせていた。
その中に、一見見落としてしまいそうな、趣のあるたたずまいの料亭が、竹林の中にひっそりと構えていた。
料亭とはいっても一種の連れ込みようで、酒の後にお女郎達を引いて、伴にすることができる部屋が幾つも備えてある。
日中であるので、もう客などいるわけがないはずであるが、一番奥の部屋より微かな声が聞こえてきている。
「もう昼時であろうか、また寝過ぎてしまったようだ」
部屋の中には、一組の布団にくるまったままの若き男女がいた。
薄明かりしか届かない部屋の中で、男はそう言いながら這い出すと、身支度を整え始めた。
「主様・・・お帰りですかえ」
まだ寝むそうに声をかけた女は、色香を全身より放ち、かといって卑猥さは欠片もなく、極上の淫猥さという感があった。
「戻らねば・・・またお師匠様に叱られる」
ばつの悪そうな苦笑いを浮かべ、男は振り向いた。
障子窓より漏れた光が男の顔を照らした。
そこには色白のすっとした顔立ちの中に、まだあどけなさが残る顔が照れくさげにしていた。
「そのようなお顔を見てますと、ほんに幼子のようにみえまする」
女は親愛の情をこめた、冷やかしの口調で話した。
「そう、私はまだ子供よ、されどそれでも私を好いてくれる女子はたくさんいてくれる」
ふてくされる風でも無く、男はさらりと言い返した。
女は少し膨れたようなそぶりを見せ、
「ほんに、主様は意地の悪いお方どすな」
「御蘭は本当に可愛いのう・・・私よりも三つも歳が上であるとは思えぬ事を言う」
「それは主様の前だけでありんす、そういう主様とて十六とは思えぬ落ち着きようは、いかがでありましょう」
それを聞いた若者は、大きな声を出して笑った。
笑わずにはおれなかった。
幼き頃より幾多の修羅場を掻い潜り、魔物といえども数え切れぬ血を浴び、幾つもの死体を積み上げてきたのである。
落ち着いて見えるといわれても、自ら望んでそうなったわけではない。
(ここへくるのは決まって、殺め事をした後だな・・・血に染まったこの手で女を抱くというのは悪趣味であろうが、体中の血のたぎりを抑えることが、一人ではできぬ)
若者は、御蘭の顔をいとおしげに見つめながら、思いを巡らしていた。
掛け布団をめくり、襦袢のはだけた胸元と裾を直しながら、白粉の匂いと自身の淫靡な匂いをまとい、御蘭は起き上がった。
ふいに若者は御蘭の前に座り、
「何故にお前は、私のことをそんなに好いてくれるのか・・・大概の者は私の姿形を見ると、嫌気のこもった態度や言葉を浴びせるもの、下手をすると逃げまどう者までおる・・・それなのに」
「ほほほ、何も怖いことなどありませぬ、どんな姿でありましょうと主様は主様、それにあちきは、御姿だけではなく御心に惚れているのでありんす」
潤んだ目を伏し目にしながら、恥ずかしげに御蘭は囁いた。
目の前の若者は確かに異様である。
ざんばらな髪の毛は女子のつける紅のように赤く、瞳の色は新芽のような真緑である。
背も5尺7寸と高く、一見痩せて見えるその体は、筋肉に覆われていた。
「ありがとう・・・それでは行くとするか」
「相も変わらずそのような身形でごじゃりまするのえ?お坊様ではありませぬのに」
「皆が皆、御蘭のように私を好いてはくれぬ、京においてはこの姿が一番目立たぬのだ、目立たぬことも人への思いやりというものよ」
「それはそうでありましょうが、あちきは主様のお顔をずっと見ていたいのですえ」
支度を整え、どうみても虚無僧のそれにしか見えない若者は、うれしそうに笑った。
「また来る」
「あい、いつでもお越しくださいませ、あちきは何処へも行きませぬゆえ」
御蘭は名残惜しげに、しなを作りながら見送った。
風はなく、日差しが心地よく感じる昼下がりの遊郭から、似つかわしくない虚無僧が歩み出た。
しかし、すぐに人波に混じり込んで、京のいつもの景色になって行った。




