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The Genroku(元禄)-歌舞伎マンー  作者: 三上嵐太郎
第二章 居どころ
10/20

もう日も暮れ落ちた山道を、急ぎ足に西へと向かう一つの影があった。

 何処から見ても、一人旅の娘ではあったが、大きな荷物を背に背負い、必死に前を見据えて歩みを速めている。

 少し重そうに荷を抱えたその後姿は、若々しい艶のある線を腰から尻にかけて流していた。

 口元からこぼれる息にも、色香が漂ってはいたが、顔には焦りの色が見え隠れしていた。


(日が落ちる前に、山を下るつもりでいたのに・・明日には京に着き、これを鶏冠(けいかん)様にお渡しせねばならぬというのに)


 娘は、昨夜から今までのことを思い返しながら先を急いだ。

 刻々と闇は迫り、頭上に輝いていた月を隠すように黒雲が広がると、冷たい雨が落ちてき始めた。


(このまま進んでも・・・どこかで雨をしのぐとしよう)


 そう思いながら道を進んでいくと、古びた山寺が見えてきた。

 娘は、灯り一つ点いていない寺の中の様子を潜むように伺いながら、


「ごめんください、どなたかおいでではないでしょうか・・・よろしければ、雨をしのがせていただけませんか?」

 

 と、可愛らしげのある声で尋ねた。

 しかし、古めいた山寺の奥からは、物音ひとつしなかった。


(無縁寺でありましょうか・・・取りあえず雨が上がるまで、ここで休ませてもらおう)


 娘は、辺りを注意深く気を配りながら、中へと歩みを進めると、部屋の角に荷を降ろし、やっと顔を緩ませ一息ついた。

 冷え切った空気が隙間より入ってはくるものの、外の寒さに比べたら極楽である。

 荷を降ろした角地を背に、娘は膝を抱えて座った。

 しとしとと降っていた雨脚は、次第にひどくなり、ザーザーと激しい音を立て始めた。

 目の前に囲炉裏はあるものの、ここで火を起すことで、もし追手がいるのであれば、容易に居所を掴まれてしまう。

 濡れた体を乾かしたいところではあるが、娘は強く膝を抱えた。

 そして、娘には寝てはならない事情もある。


(それにしても・・・小頭達をあのような目にあわせたのは・・・私なのか

・・・早々と江戸を出るつもりが、あんなに早く調べの手が回るとは・・・

なにやら、よからぬ企てが・・・)


 しばらくそう頭を廻らしていた娘の耳に、雨の音にかき消されるような小さな声が、外より聞こえてきた。


「すみません、どなたかおいでではございませんか?」

「ごめんください、おじゃまさせていただきますよ」


 声の感じから、若者のと初老の者と感じ取った娘は、部屋の角でより身を固くした。


「・・・・うわ!・・・そ、そこにいらっしゃるのは・・・どなた?」


 部屋の方々に破れのある障子戸を開けた若者が、暗闇の中、部屋の隅にいる者を見つけ、大きな叫び声を上げた。


「・・・・驚かせてすみませんな、誰もいらっしゃらぬと思いまして、どかどかと入ってきてしまいました・・・先客がおいでとは・・・このような夜更けに、このような場所では、何を申しても何も信じてはいただけませんでしょうが、手前どもは伊勢で商いをする者で、私は番頭の伊助、こっちのものがでっちの留蔵でございます。この留吉が道を間違えてしまったようで、行けども行けども旅籠はなく、山道ばかりで、雨も激しく降ってまいりましたところ、こちらのお寺を見つけましたものですから・・・ご一緒させていただいてよろしいですか?」


 初老の男が、傘と蓑を土間に置き去ると、そのまま部屋の中へ上がり、聞いてもいないことを調子よく話し始めた。


「いえ、かまいません・・・私は雨が上がりましたら、すぐ出ていきますので」


「そうですか、そんじゃおじゃまいたしますよ・・・こんな寒いのに火もつけへんで、つけてもいいですか?」


 ここで断ると、余計こじれて面倒になると思えた娘は、一つうなずいた。

 留吉という若者も、傘と蓑をはぎ取るように脱ぎ、部屋に上がると手際良く囲炉裏に火を灯した。

 小さな火が、しばらくすると部屋の隅々まで見えるほど明るくなった。

 本人が申したように、初老の男は品があり、いかにも商人という高価な着物を纏い、もう一人の若者も、でっちらしく店の屋号の入った前掛けをつけて、愛想良く微笑んでいた。

 

「さあ、娘さんも、こちらにきて、その濡れた服を乾かしなさい。風邪をひいては、この先の旅に堪えられませんぞ」


 商人特有であろう優しそうな微笑みに促がされた娘は、部屋の角から囲炉裏にそろりそろりと前に進み、顔に橙色を映した。

 いまだ、この二人の男に気を許したわけではない娘ではあったが、濡れた服を乾かせ、この寒さをしのげるのであれば、少し距離を縮めてもよいのではと、自分に言い訳をしていた。


「さあ、沸きましたぞ、今お茶を入れますからね。体の芯から温まりますよ」


 囲炉裏にかけた土瓶が湯気を上げていた。

 でっちが手際よく、旅支度の中から茶道具を出すと、茶碗に湯を注ぎ入れる。

 茶葉の良い香りが部屋の中を包み込み、娘の心をどんどん和らげていった。


「では、いただきましょう・・・・・・あ~温まりますなあ」


 それでも一応、他の二人が口をつけるまで、娘は飲まずにいた。

 番頭の伊助の声を信用し、娘は出されたお茶を流し込んだ。本当に体の芯に染みわたる温かさだった。


「さあ、もう一杯、ゆっくり飲みなさいね」


 そう言って注がれた手のひらの椀の温もりが体中に伝わり、娘は昨夜からのことから少し解放されたように幸せな面持ちでいた。

 そう、このまま娘は雨が上がるのを待ち、一刻を争って京へ手荷物を届けねばならないのである。

 このようなゆっくりとした幸せな時間を過ごしていては・・・・・・

 

「親分、どうやら薬が効いたようですぜ」

「そのようだな・・・見てみろ、こいつは上玉だぞ・・・この娘も可哀そうなものだなあ、ここが盗人宿だとも知らずに、迷い込んだのが運のツキよ」

「どうしやすか?」

「明日、熊次郎たちがここに来る手筈だ、仕事の前に存分に楽しんでもらうまでだ、口と縄縛っとけ」

「親分、この胸、たまんねえぜ、おいら先に・・・駄目ですかい?」

「駄目だ、十年早ええってもんだ、いいから縛っとけ!」

「へい」


 飲んでいた椀を床に落とし、少し胸や裾をはだけ仰向けに横たわっている娘を、二人の男が好色な目を浴びせていた。

 若造が男に言われたように娘を縛ろうとし刹那、


《シュン、シュン、シュン、シュン~~~~ズダダダダダダダダ!》


「う・・うぎゃ~~~~~何だこれは~~~うひ~~ごばぎゅえ」

「ひ~~~~~がは、た、助け・・おぎゅおば~~~うが」




 雨は未明にはあがり、山場との声が冷え切った朝の山に響き渡った。

 山間から広がる日の光が少しずつ凍てついた景色を溶かしていき、古寺を闇よりあらわにしていった。

 破れ障子の隙間よりこぼれた光が、娘の顔に一筋の線をつけた。

 うるさげに寝返りを打ったが日差しはその艶っぽいうなじを追いかけた。

 

(・・・・・・眠ってしまった・・・・・?・・・ど、どういうことだ!)


 光に追いかけられ、ゆっくりと起き上った娘の瞳には、朝焼けよりも赤い、壁のすべてが血に染められた部屋が飛び込んできた。

 そして、昨夜ともにお茶を飲み交わした初老の男は、体中から血を噴出させ、特に両目は何か鋭い物でえぐられたように、眼はなく頭の後ろまで穴が開いており、若者のほうも体中に穴が開けられていたが、昨夜仲間がやられていたように、干からびてしまっていた。


(・・・確かに昨夜・・・二人の男が・・・お茶を・・・なのに・・・また私が・・・何かした・・・いや・・・)

(・・・これは夢であろうか・・・いや、あまり深く考えては・・・石板も無事だ・・・)


 どうしてこうなってしまっているのか頭の中で整理がつかないまま、それでも体はここにいてはいけないと察し、角に置かれていた荷物を抱えると、思考を止めたように山道を足早に出て行った。


(今日のうちには都に着ける・・・鶏冠様にいち早くお会いせねば)

(しかし何故私はこれを持って京に向かうのか・・・江戸の屋敷に届けるものではなかったのか・・・どうして)


 自問していた女のの中で、何かが突き動かした)


《そんなことは考えずとも良い》


 思いを切り替えた娘は、まだ誰も通らぬ道を、ひたすらに前へと進める。

 日差しに映し出された影が、娘の行く先に長く伸びていた。

 その影に重なるように、もうひとつの影も伸び続けていった。


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