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勇者様。お目覚めになられましたか。


そこから先のことは記憶にない。


アウラにより《歪なる創想の勇者》なる称号を授けられた直後、僕の視界は暗転しその場に倒れ込んでしまった。


胃がまるごとひっくり返る様な不快感。重力の働く方向すら曖昧になっていく錯覚。


目が音を感じる。


肌が床の味を感じる。


口からだらし無く垂れた舌で、僕は僕を見下ろす国王とシューインを見ていた。


五感がぐちゃぐちゃに掻き混ぜられる。皮膚が指の先から剥がれ、裏返しに貼付けられていく様な激痛。

自分がばらばらになり、一つの肉塊になっていくのを感じる。今の僕はきっと人の形をしていなかった。

どれ程の間苦しんだだろうか。


それは1分にも満たない時間だったかも知れないし、 10時間以上も苦しんでいたかも知れない。


その痛みは僕が別の生き物に生まれ変わっていく痛みだった。


ただの高校生から、勇者という存在に作り替えられていく感触だった。


もっともそんなこと僕には解るはずも無い。にも関わらず僕がそのことを理解できたのは、激痛に支配された脳みそで何処からかの声を聞いたからだ。


その声は空を覆う雲の隙間から差し込む、一条の太陽の光に似ていた。



誰かの声は僕をヒュプノス、そう、ヒュプノスと、そう呼んでいた。









ヒュプノスの意識は地平線に囲まれた緑一色の草原で覚醒した。


未だぼんやりとしたままの頭で此処が知らない場所であることを理解する。そして、こういうのが勇者召喚のテンプレ何じゃ無いかとアホなことを考えた。


何も解らないままヒュプノスは地平線に向けて歩きだした。

此処は夢の中。ヒュプノスの兄弟の一人、夢の神オネイロイの世界であるとヒュプノスは気付いていた。


ヒュプノスは草原を歩く。草原に果ては見えず、草原以外の何物も見えては来ない。そのことに少しずつ不安が募っていった。


そんな折、ヒュプノスは何が丸いものが草原に落ちているのが見えた。近付いてそれが何なのか良く見てみれば、その丸いものは膝を抱えてうずくまった女の子であった。









いつもと違うベッドの感触に、目覚めた場所が自分の部屋では無いとヒュプノスは気付いた。



気分は悪くない。ヒュプノスはアウラの洗礼による苦痛を現実に起きた事としてきちんと認識している。


にも関わらず体には何の違和感も無い。まるであれが夢の中での出来事であったかの様だった。


夢といえば変な夢を見たことを思い出す。果ての無い草原で歩き、そしてうずくまった女の子を見つけた。

見た夢の内容を一点の曇りも無く思い出せる。普通なら見た夢の内容なんて朧げでもっと曖昧な物のはずなのに。


不思議なこともあるものだとヒュプノスは考え、それきりその事は思考からはずす。どう考えても今気にするべき事は他にある。


周りを見渡す。六畳程の殺風景な部屋の中だ。ヒュプノスが寝ているベッドの他に、家具と言える物はがらがらの本棚と新品の様な光沢のあるクローゼットぐらいしか無い。


この部屋にはまるで新しい住人の為に慌てて設えた様な雰囲気がある。というか、本当にそうなのだろう。

此処は多分、僕の為に用意された部屋なのだ。


部屋にはドアと窓か一つずつあった。 ヒュプノスは立ち上がり窓の方へと向かう。


閉められた白色のカーテンを開くと朝日が部屋の中に差し込んで来る。その眩しさに目が眩んだ。


そういえば朝日町は白夜町の東にあるのだった。つまり白夜町よりもほんの少し早く、朝日町には朝日が昇る。


「アサヒキングダム」


奴らは自分達の町をそう呼んだ。そして自分達には敵が居るとも。


そのための、勇者。


そのための、ヒュプノス。

もう気付いていない振りも出来ない。ヒュプノスを誘拐したあいつらはただ頭のおかしいだけの奴らじゃ無い。本当に、ヒュプノスの知る常識とは違う理の中で生きている連中なのだ。


アウラの洗礼による自分自身の改変が、嫌でもその事実をヒュプノスに突き付ける。


ヒュプノスは自分の内側に何か得体の知れない力が宿っている事に気付いていた。


そして昨日までの自分が、ヒュプノスという新しい自分の下に埋もれてしまっているという奇妙な浮遊感もある。


疑問はいくらでもある。


にも関わらず、ヒュプノスの心に恐怖は無い。


或いはアウラの洗礼によってヒュプノスの内面までも変わってしまったのだろうか?


一人でどれだけ考えを巡らせた所で答えは見つからない。


背後のドアが三度ノックされる。続けてドアの向こうから若い女の声がした。


「勇者様。お目覚めになられましたか?」


感情の感じられない、酷い言い方をすれば機械的な

色の声だった。


「目覚めた」


ヒュプノスが返事を返す。すると「失礼します」と声がかけられた後、ドアが静かに開かれた。


部屋に入って来たのは、女だった。少女だった。


今までヒュプノスが見てきたどの少女よりも美しい、美少女であった。


しかしその整いすぎた容姿は、声を聞いた時に抱いた機械的という印象を一層強くするものでしかなかった。


「貴方は誰だ?」


ヒュプノスの問いに、美少女もまた近い意味の質問を返して来た。


「私の名はアテネ。称号を持たない、ただのアテネです。貴方の名前は何ですか?貴方はアウラより、どの様に名付けられたのですか?」


アテネと名乗った美少女に尋ねられる。答えるべき名は、一つしかなかった。



「僕はヒュプノス。歪なる創想の勇者とかいう、ヒュプノス」


アテネはヒュプノスの答えに微笑みを浮かべる。

強張った笑みに、初めて彼女の中に人間らしさを感じた。


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