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アルカディア・レコード ― 世界最強なのに、人と話せません ―  作者: 南蛇井


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第9話 『村という場所』

 ルーン村は、森の縁に寄り添うように作られていた。


 木の柵。


 土の道。


 煙の上がる家々。


 遠くには小さな水車が回っている。


 畑では誰かが鍬を振るい、鶏の鳴き声が風に混じっていた。


 派手さはない。


 城も。


 石造りの街並みもない。


 けれど。


 人が暮らしている匂いがした。


 悠は村の入り口で少し足を止める。


(……人……)


 いる。


 当然だ。


 村だから。


 分かっていた。


 でも。


 視線を向けられると、それだけで少し肩が硬くなる。


「リア、おかえりー!」


「ただいま!」


 畑仕事をしていた女性が手を振る。


 その視線が悠へ向く。


「あら?」


「……」


 悠は反射的に姿勢を正した。


 どうすればいい。


 会釈?


 挨拶?


 脳内検索。


 とりあえず。


「……ど、どうも」


 小さい。


 自分でも聞き返したくなる声量だった。


 女性は少し目を丸くして、それからリアを見る。


「旅人?」


「えっと……森で会って」


 リアは説明に少し困った顔をした。


「助けてもらったの」


「助けた?」


「う、うん」


 熊型魔獣消滅事件。


 説明難易度が高すぎる。


 女性は悠を見て、それから頷いた。


「ふぅん……」


 完全に納得した顔ではない。


 でも。


 露骨に警戒しているわけでもなかった。


 むしろ。


 判断保留。


 そんな空気だ。


 村の中を歩く。


 視線はある。


 当然だった。


 見知らぬ青年。


 妙な服装。


 リア連れ。


 しかも無口。


 怪しい。


 でも。


 リアが一緒にいる。


 礼儀もないわけじゃない。


 だから対応が難しい。


 そんな微妙な空気が漂っていた。


(……帰りたい)


 まだ何も始まっていないのに、悠の精神ゲージは少し削れていた。


 リアはそんな彼を振り返る。


「大丈夫?」


「……だいじょうぶ」


 たぶん。


 声は硬かった。


 リアは少し苦笑する。


「みんな悪い人じゃないよ?」


「……」


 それは分かる。


 問題は自分の方だ。


 村の中心近くまで来ると、建物が少し増えた。


 井戸。


 干された洗濯物。


 柵の向こうの山羊。


 水車の回る音。


 どこか懐かしい景色だった。


 ゲームの町みたいで。


 でもちゃんと生活がある。


 リアが一軒の家の前で立ち止まる。


 他の家より少し大きい。


 木材置き場があり、壁には工具が掛けられていた。


「ドルフさーん!」


 返事はない。


 しかし。


 次の瞬間。


 ギィ、と扉が開いた。


 出てきたのは。


 大男だった。


「……」


 悠は固まる。


 背が高い。


 肩幅が広い。


 灰色の髪。


 無精髭。


 腕は丸太みたいに太い。


 職人。


 いや。


 山賊と言われても納得しそうな迫力があった。


 鋭い目が悠を見下ろす。


 圧。


 すごい。


 ドルフはしばらく黙って悠を観察した。


 悠も黙る。


 気まずい。


 沈黙が重い。


 やがて。


 男が口を開いた。


「……坊主」


「……!」


 呼ばれた。


 悠は少し肩を震わせる。


「……はい」


 ドルフは腕を組んだまま言う。


「飯は?」


「……?」


 悠は瞬きをした。


 予想外すぎた。


 飯?


 何の話だ。


 ドルフは眉をひそめる。


「食ってねぇのか?」


「……あ」


 そういえば。


 死んでから色々ありすぎて忘れていた。


 空腹。


 言われてみれば。


 ある。


 悠が微妙に黙ったのを見て、ドルフは鼻を鳴らした。


「入れ」


「……え」


「立ち話は嫌いだ」


 ぶっきらぼうだった。


 怖い。


 声も低い。


 でも。


 追い払う気配はない。


 リアが横で小さく笑う。


「ドルフさん、こう見えて優しいんだよ」


「余計なこと言うな」


「怒った?」


「怒ってねぇ」


 怒っているように見える。


 常時そういう顔なのかもしれない。


 悠は少し戸惑いながら家へ視線を向けた。


 受け入れられた。


 ……のか?


 よく分からない。


 でも。


 拒絶はされていない。


 それだけで。


 ほんの少しだけ胸が軽くなった。


 改めて村を見る。


 小さな畑。


 水路。


 家畜。


 ゆっくり回る水車。


 都会でも。


 アーカイブでもない。


 静かな暮らしの場所。


「……」


 不思議だった。


 まだ来たばかりなのに。


 少しだけ。


 安心している自分がいた。


 ドルフが扉の向こうから声を飛ばす。


「坊主、いつまで突っ立ってる」


「……!」


 悠は慌てて我に返った。


「……すみません」


「謝る前に入れ」


「……はい」


 その返事に、リアが少し笑う。


 こうして。


 真白悠の異世界最初の滞在先が、決まった。

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