第10話 『沈黙の居候』
朝。
ルーン村は早かった。
鶏の鳴き声。
水車の回る音。
窓から差し込む柔らかな陽光。
悠は薄く目を開けた。
「……」
少しだけ、状況確認に時間がかかる。
知らない天井。
木の香り。
硬めの寝台。
――ああ。
異世界だ。
思い出した瞬間、昨日の出来事が一気に戻ってきた。
転生。
森。
リア。
熊みたいな魔獣。
消滅。
村。
そして。
ドルフの家。
「起きたか」
「……!?」
突然の低音に、悠は軽く跳ねた。
扉のところにドルフが立っていた。
相変わらず迫力がある。
朝から圧が強い。
「……お、おはようございます」
「飯」
単語だった。
しかし意味は分かる。
悠は急いで起き上がる。
居候初日。
印象は大事だ。
食卓には簡素な朝食が並んでいた。
焼いたパン。
野菜の煮込み。
干し肉。
リアも来ていて、手を振る。
「おはよーユウ!」
「……おはよう」
返せた。
少し進歩。
リアは嬉しそうに笑った。
食事は静かだった。
主に悠のせいで。
リアは時々話し、ドルフは必要なことだけ言う。
不思議と居心地は悪くなかった。
むしろ。
沈黙が許される空気に少し安心する。
朝食後。
問題が発生した。
(……何もしないの気まずい)
居候である。
飯まで貰っている。
座っているだけは無理だ。
悠は周囲を見回した。
庭。
薪。
工具。
そして。
薪割り用らしき斧。
「……」
悠はそっと斧を持った。
ドルフが片眉を上げる。
「坊主?」
「……手伝います」
ドルフは少し黙った。
「……できんのか」
「……たぶん」
また「たぶん」だった。
自分でも便利すぎる言葉だと思う。
結果。
できた。
しかも。
異様に。
薪が綺麗に割れた。
斧を下ろす。
パカン。
次。
パカン。
妙に身体が軽い。
ぶれない。
疲れない。
補填能力の影響だろうか。
ドルフが腕を組んだ。
「……ほう」
悠は少し嫌な予感がする。
その後。
気づけば仕事が増えていた。
薪割り。
柵の補修。
緩んだ蝶番修理。
運搬。
雑務。
気づいたら全部やっていた。
しかも。
妙にうまくいく。
釘打ち。
正確。
工具。
扱える。
力仕事。
普通に強い。
(……なんで?)
自分でも分からない。
管理権限なのか。
全属性なのか。
とにかく補正が強い。
ドルフは無言で作業を見ていた。
やがて。
「……器用だな」
ぼそっと言う。
「……」
褒められた?
判定が難しい。
「……ありがとうございます」
「礼はいらん。助かる」
そう言って工具を渡してくる。
追加作業だった。
昼頃。
リアが薬草籠を抱えて現れた。
「ユウ、休憩しよ!」
「……あ」
悠は少し汗を拭く。
リアは木陰に座り、持ってきた水筒を差し出した。
「はい」
「……ありがとう」
「働きすぎじゃない?」
「……落ち着かなくて」
正直な本音だった。
リアは少し笑う。
「真面目なんだね」
「……」
違う。
気まずいだけだ。
でも説明が難しい。
二人で少し休む。
風が気持ちいい。
リアは薬草を整理しながら話し始めた。
「ドルフさんね、昔はもっと怖かったんだよ」
「……これより?」
「うん」
「……」
想像がつかない。
「でも面倒見いいんだ。村のみんな結構頼ってるし」
「……へぇ」
「ユウは?」
「……?」
「前は何してたの?」
悠の手が少し止まる。
前。
元の世界。
部屋。
PC。
未返信の通知。
「……あまり……外には」
言葉を選ぶ。
「……出てなくて」
リアは少しだけ目を瞬いた。
でも。
追及しなかった。
「そっか」
それだけ。
その距離感がありがたかった。
しばらくして。
リアがふと思い出したように言う。
「でもユウ、最初より喋るようになったよね」
「……そう?」
「うん!」
即答だった。
「最初、“本当に喋れない人”だと思ってた」
「……」
悠は少し視線を逸らした。
否定できない。
リアは笑う。
「でも違った」
「……」
「緊張してるだけなんだなーって」
図星だった。
悠は返事に困る。
でも。
少しだけ。
気が楽だった。
夕方。
仕事を終えた頃。
村人たちがちらほら話している声が聞こえた。
「あの兄ちゃん働くなぁ」
「リアの連れだろ?」
「寡黙だけど礼儀正しいよな」
「感じ悪くないし」
「職人向きかもなぁ」
悠は固まった。
(違う……)
誤解だった。
礼儀正しいんじゃない。
会話が苦手なだけだ。
寡黙でもない。
喋れないだけだ。
しかし。
説明する勇気もない。
結果。
「……」
無言になる。
それを見た村人が頷く。
「ほら、落ち着いてる」
(違う……!)
誤解は深まっていた。
そして。
ルーン村の「無口だけど働き者の居候」像が、少しずつ完成し始めていた




