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アルカディア・レコード ― 世界最強なのに、人と話せません ―  作者: 南蛇井


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第73話 『最初の記録』

 白い空間。


 記録海の奥。


 浮かび上がった未回収ログは。


 静かに揺れていた。


UNKNOWN RECORD

SEALED ARCHIVE


 誰も。


 すぐには動かなかった。


 イヴでさえ。


 少し沈黙している。


《……封鎖記録を確認》


 珍しい声だった。


 迷い。


 いや。


 慎重さ。


《個体ユウ関連》


 悠は目を離せなかった。


 知らない。


 でも。


 怖いほど気になる。


 自分の記録。


 忘れていた。


 あるいは。


 最初から触れられなかった部分。


 ゼロスが静かに言う。


「見るか?」


 問い。


 悠は少し黙った。


 怖い。


 知らない自分。


 過去。


 答え。


 でも。


 ここまで来て。


 目を逸らしたくなかった。


「……見る……」


 小さく。


 答えた。


 白い海が開く。


 光。


 静かな波。


 景色が。


 ゆっくり形を取る。


 最初に見えたのは。


 部屋だった。


 小さい。


 質素。


 窓。


 机。


 柔らかな光。


 そして。


 そこにいる。


 幼い自分。


 悠は息を止めた。


「……」


 小さかった。


 今よりずっと。


 まだ幼い。


 七歳。


 あるいは。


 それくらい。


 記録の中の少年は。


 一人で机に向かっていた。


 静かだった。


 本を読んでいる。


 でも。


 妙に周囲と距離がある。


 誰かの声。


『ユウー?』


 外。


 子どもたち。


『遊ぼう!』


 誘い。


 少年は顔を上げる。


 少し迷って。


 小さく立ち上がる。


 景色が変わる。


 外。


 草地。


 子どもたち。


 遊び。


 笑い声。


 普通の景色。


 なのに。


 どこか。


 少しだけ。


 噛み合っていなかった。


『違うって!』


『そっちじゃない!』


 声。


 少年は止まる。


 困っている。


 悪気はない。


 でも。


 分からない。


 遊びの流れ。


 暗黙。


 空気。


 皆が分かっていることが。


 自分には。


 少し難しい。


 悠は黙って見ていた。


 胸が痛かった。


 覚えている。


 なんとなく。


 ずっと。


 こんな感じだった。


 別に。


 いじめられていたわけじゃない。


 嫌われていたわけでもない。


 ただ。


 ズレていた。


 少しだけ。


 でも。


 その少しが。


 遠かった。


 景色が進む。


 教室。


 会話。


 周囲。


 少年は静かに座っている。


 誰かが話す。


 笑う。


 輪。


 でも。


 入れない。


 入り方が分からない。


 だから。


 黙る。


 その方が。


 失敗しない。


 記録海は。


 静かに流れていく。


 リアが小さく呟いた。


「……」


 何も言えなかった。


 セレスティアも。


 目を伏せている。


 ゼロスは。


 ただ見ていた。


 イヴが補足する。


《適性解析記録を確認》


 光が開く。


 古いログ。


 文字。


 解析結果。


ADMINISTRATOR

COMPATIBILITY: HIGH


 悠の目が止まる。


《個体ユウ》


《管理適性高反応個体》


 空間が静まった。


 アルトがゆっくり言う。


「……最初から?」


《推定》


 イヴの声。


《管理領域高感応型》


《情報処理・記録認識能力に偏向》


 偏向。


 その言葉は。


 少しだけ冷たかった。


 悠は幼い自分を見る。


 周囲。


 笑い声。


 人。


 でも。


 少年は。


 少しだけ違う。


 物事の見え方。


 感じ方。


 理解の仕方。


 人と。


 少し。


 ズレている。


 被害者。


 そういう話じゃない。


 誰かが悪いわけでもない。


 ただ。


 分からない側だった。


 それだけ。


 でも。


 その「だけ」が。


 ずっと孤独だった。


 記録は進む。


 夕方。


 帰り道。


 少年が一人歩く。


 空。


 風。


 静かな背中。


 その顔。


 悠は。


 目を逸らせなかった。


 知っている。


 あの感覚。


 誰も嫌いじゃない。


 でも。


 近づき方が分からない。


 喋りたい。


 でも。


 何を言えばいいか分からない。


 だから。


 黙る。


 期待しない。


 そうすれば。


 傷つかない。


 幼い自分が。


 小さく呟いた。


『……分かんない……』


 胸が痛んだ。


 悠は少し俯く。


「……」


 昔から。


 そうだった。


 別世界へ来たからじゃない。


 能力のせいだけでもない。


 もっと前。


 ずっと前から。


 自分は。


 人と少し違った。


 記録は。


 さらに流れる。


 夜。


 部屋。


 小さな机。


 少年が窓を見る。


 外。


 遠く。


 誰かたちの笑い声。


 その顔は。


 羨ましそうだった。


 悠は息を止める。


 そこで。


 ようやく分かった。


 勘違いしていた。


 自分は。


 人が嫌いだったわけじゃない。


 最初から。


 そうじゃない。


 むしろ。


 逆だった。


 ずっと。


 繋がりたかった。


 誰かと。


 一緒にいたかった。


 ただ。


 やり方が分からなかった。


 それだけ。


 だから。


 怖かった。


 拒絶が。


 失敗が。


 沈黙は。


 壁だった。


 守るための。


 悠は。


 記録の中の幼い自分を見つめる。


 小さな背中。


 ずっと一人だった。


 でも。


 本当は。


 違った。


 心の奥では。


 ずっと。


 求めていた。


「……誰かと……」


 小さな声。


 震える。


「……繋がり……たかった……」


 記録海が。


 静かに揺れた。


 その瞬間。


 別のログが。


 ふわりと浮かぶ。


 柔らかな光。


 懐かしい声。


 ルーン村。


 夕暮れ。


 リア。


 笑顔。


 あの日。


 村を出る前。


 記録。


 声だけが。


 白い海に響いた。


『逃げてもいいけど』


 悠が顔を上げる。


 胸が熱くなる。


 そして。


 優しい声。


『また来てね』


 白い空間が。


 静かに揺れた。

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