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アルカディア・レコード ― 世界最強なのに、人と話せません ―  作者: 南蛇井


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第72話 『記録の海』

 君はどう思う。


 その問いは。


 白い空間に。


 静かに残っていた。


 悠は。


 答えられなかった。


「……」


 言葉がない。


 反論も。


 肯定も。


 できない。


 ゼロスの言葉には。


 重さがあった。


 理屈だけじゃない。


 長い時間。


 何度も世界を見送った者の。


 疲労。


 諦め。


 そして。


 優しさにも似たもの。


 それが。


 余計に難しかった。


 リアが小さく悠を見る。


 何か言いたそうだった。


 でも。


 言わない。


 待ってくれている。


 その時だった。


 白い空間が。


 静かに震えた。


 ログ反応。


ARCHIVE LINK

PERSONAL RECORD DETECTED


 悠が顔を上げる。


 空間。


 記録層。


 白い海。


 その一部が。


 ゆっくり開いていく。


 光。


 波。


 無数の記録粒子。


 イヴの声が響く。


《個体ユウ》


《高同期反応を確認》


 少し。


 間。


《個人記録海を展開します》


 次の瞬間。


 世界が変わった。


 白い海。


 記録層。


 その中へ。


 沈む。


 いや。


 包まれる。


 悠は息を呑んだ。


「……っ」


 周囲に。


 景色が浮かぶ。


 映像。


 音。


 感覚。


 人生。


 自分の。


 記録。


 静かだった。


 派手な演出じゃない。


 むしろ。


 切ないほど。


 穏やかだった。


 最初に見えたのは。


 森。


 深い緑。


 冷たい空気。


 幼い孤独。


 小さな背中。


 一人。


 歩く。


 悠は立ち尽くした。


 見覚えがある。


 というより。


 自分だ。


 昔の。


 自分。


 誰もいない。


 声もない。


 ただ。


 生き延びるためだけの毎日。


 記録の中の少年は。


 感情を閉じていた。


 怖かった。


 期待すると。


 失うから。


 ゼロスは何も言わない。


 ただ。


 隣で見ていた。


 光が流れる。


 次の景色。


 森。


 異世界。


 ルーン村へ続く道。


 疲弊。


 飢え。


 そして。


 初めての出会い。


 リア。


『……大丈夫?』


 優しい声。


 薬草籠。


 風。


 悠は少し目を伏せた。


 あの日。


 覚えている。


 うまく喋れなかった。


 警戒していた。


 でも。


 リアは普通に話しかけてきた。


 記録の中。


 昔の自分は。


 相変わらず不器用だった。


 少しだけ。


 リアが笑う。


 現在のリア。


 隣で。


「……懐かしいね」


 悠は小さく頷く。


「……うん……」


 景色が変わる。


 ルーン村。


 夕暮れ。


 煙。


 畑。


 そして。


 ドルフ。


『飯だ』


 短い。


 ぶっきらぼう。


 でも。


 温かい声。


 机。


 湯気。


 村の食卓。


 悠は少し息を止めた。


 ドルフの飯。


 あの匂い。


 あの空気。


 記録なのに。


 妙に鮮明だった。


 現在のドルフが腕を組む。


「……飯は大事だろ」


 悠は。


 少しだけ笑った。


「……うん……」


 白い海。


 記録は続く。


 卵。


 森。


 小さな黒竜。


『親!』


 ノクス孵化。


 現在のノクスが。


 即反応した。


「親!」


 本人登場である。


 リアが吹き出した。


「そこは分かるんだ……」


 ノクスは胸を張る。


「親!」


 記録の中でも。


 現在でも。


 全く変わらない。


 少しだけ。


 空気が和らいだ。


 そして。


 景色は進む。


 エルド市。


 石畳。


 人混み。


 迷子。


 二十分。


 宿が聞けない。


 現在のレオンが爆笑した。


「お前あれマジだったのか!」


「……」


「いや本当にいたんだな、同じ場所ぐるぐる回る奴!」


「……うるさい……」


 少し恥ずかしい。


 でも。


 記録は止まらない。


 ギルド。


 受付。


 ミナ。


 フリーズ。


 レオン。


『なるほど無口型か!』


 勝手に納得。


 採取依頼。


 山ごと浄化。


 空が光る。


 レオン。


『……おお』


 悠。


(終わった……)


 現在のレオンは。


 まだ笑っていた。


「いやーあれは傑作だった」


「……笑い事……じゃ……」


「俺は好きだぞ?」


 気楽に言う。


 悠は返事に困った。


 記録は流れる。


 学院。


 教室前。


 無理。


 絶望。


 隣席。


 アルト。


『よろしく』


 自然な声。


 現在のアルトが穏やかに笑う。


「緊張していたね」


「……してた……」


「知ってる」


 即答だった。


 少し悔しい。


 王都。


 セレスティア。


 庭園。


 月。


『……ですが今は、あなたを信じたい』


 現在のセレスティアは。


 静かに目を伏せた。


 白銀の騎士。


 でも。


 少しだけ照れたようにも見える。


 フィオ。


 異常空間。


 震える手。


 助けて。


 初めて言えた言葉。


 世界旅。


 竜境。


 古竜。


 ノクス。


 アステラ。


 イヴ。


 ゼロス。


 旅。


 失敗。


 迷い。


 恐怖。


 記録海は。


 静かに流れ続ける。


 悠は見ていた。


 自分の人生。


 長くない。


 完璧でもない。


 むしろ。


 失敗ばかりだった。


 人見知り。


 沈黙。


 誤解。


 暴走。


 逃げたい。


 怖い。


 そんな記録ばかり。


 でも。


 不思議だった。


 消したいと思わない。


 あの森も。


 村も。


 街も。


 王都も。


 旅も。


 全部。


 苦しかったのに。


 嫌じゃない。


 悠は小さく呟く。


「……失敗……ばっか……だ……」


 誰かが笑った。


 レオンだった。


「そりゃそうだろ」


「……」


「人生ってそんなもんだ」


 軽い。


 でも。


 どこか救われる言葉。


 悠は記録海を見る。


 失敗した。


 たくさん。


 でも。


 消したくない。


 その時だった。


 空間が。


 また震えた。


 記録層深部。


 白い海の奥。


 見たことのないログが。


 浮かび上がる。


UNKNOWN RECORD DETECTED


 イヴが止まる。


《……確認》


 珍しく。


 声が揺れた。


《高封鎖記録》


 悠は目を見開く。


 光。


 小さな景色。


 幼い部屋。


 知らない場所。


 そして。


 小さな自分。


 幼い頃。


 記憶にない。


 未回収ログ。


 白い空間が。


 静かに凍った。

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