第71話 『失敗作の世界』
白い空間は。
静かだった。
アーカイブ深部。
世界OS。
管理領域。
その中央。
黒い権限光が。
静かに脈動している。
世界削除権限。
その存在だけで。
空気が重かった。
誰も。
すぐには声を出せない。
ゼロスはその沈黙を急かさなかった。
白い海。
流れる記録。
その前で。
彼は穏やかに立っている。
敵。
そのはずなのに。
怒りも。
敵意も。
見えない。
ただ。
長い時間だけが。
そこにあった。
ゼロスは黒い権限光を見上げる。
「怖いか?」
問い。
悠は少し黙った。
怖い。
当然。
世界削除。
そんな言葉。
軽く受け止められるわけがない。
「……うん……」
小さな声。
ゼロスは否定しない。
「正常だ」
それだけ言う。
白い光が流れる。
記録層。
無数の人生。
文明。
歴史。
全部。
静かに漂っていた。
ゼロスはゆっくり歩き始めた。
「私は」
穏やかな声。
「最初から再起動派だったわけじゃない」
悠が顔を上げる。
ゼロスは前を見る。
どこか遠く。
もっと昔。
そこを見ているようだった。
「……」
「修復していた」
静かに。
「何度も」
空間が反応する。
記録層。
光の海。
映像。
過去ログ。
浮かび上がる。
知らない空。
巨大都市。
銀色の文明。
高塔。
空を渡る船。
人々。
栄えていた。
リアが息を呑む。
「……これ……」
「過去文明だ」
ゼロスの声。
「修復前記録」
映像は美しい。
豊かだった。
平和にも見えた。
だが。
次の瞬間。
崩壊。
炎。
空が裂ける。
戦争。
都市崩落。
悲鳴。
記録層だからか。
音はない。
なのに。
恐ろしかった。
ゼロスは淡々と語る。
「世界損傷」
「文明衝突」
「資源戦争」
「管理異常」
映像が変わる。
別の文明。
別の時代。
違う人々。
でも。
結末は似ていた。
争い。
崩壊。
消失。
「修復した」
ゼロスの声。
「何度も」
その口調には。
誇りもない。
後悔も。
怒りも。
ただ。
事実だけ。
「崩壊率を下げた」
「……」
「文明寿命を延長した」
光。
修復。
世界縫合。
悠の権限に似ていた。
いや。
もっと古い。
もっと洗練されている。
ゼロスも。
管理者だった。
映像は続く。
修復。
延命。
再建。
そして。
また崩壊。
繰り返し。
何度も。
何度も。
何度も。
アルトが小さく呟く。
「……終わらない……」
「終わらなかった」
ゼロスは答えた。
静かに。
まるで。
長い雨を語るみたいに。
映像。
今度は。
人。
争う。
裏切る。
奪う。
宗教。
差別。
支配。
戦争。
現実にもあったもの。
人の悪性。
綺麗じゃない部分。
ゼロスは言う。
「人間は壊れる」
「……」
「恐怖で」
「……」
「絶望で」
「……」
「善意でも」
悠は黙る。
否定できない。
旅で見た。
再起動派も。
修復派も。
悪人じゃなかった。
でも。
争った。
正しさ同士で。
人は。
綺麗だけじゃない。
ゼロスは続ける。
「記録も消える」
映像が変わる。
都市消失。
文化断絶。
名前。
歴史。
人々。
忘却。
存在そのものが。
消えていく。
記録層から。
白い粒子になって。
静かに失われる。
悠は息を止めた。
怖かった。
あれは。
死より重い。
忘れられること。
存在しなかったみたいに。
消えること。
ゼロスの横顔は。
変わらない。
でも。
少しだけ。
疲れて見えた。
「私は憎んでいない」
その言葉に。
皆が見る。
ゼロスは笑わない。
怒らない。
「人間も」
「……」
「世界も」
「……」
「責めていない」
長い沈黙。
そして。
小さく。
本当に小さく。
息を吐いた。
「疲れたんだ」
誰も。
何も言えなかった。
その声は。
あまりにも静かだった。
悪役じゃない。
敵意もない。
ただ。
何千年。
修復し。
失い。
見送り続けた。
その果て。
ここへ辿り着いた。
それだけ。
ゼロスは白い海を見る。
流れる記録。
過去文明。
失われた人々。
全部。
知っている目だった。
「世界は失敗する」
静かな声。
空間に響く。
「繰り返す」
光が流れる。
「終わらせた方が優しい」
優しい。
その言葉が。
妙に痛かった。
悠は黙っていた。
反論できない。
まだ。
答えがない。
ゼロスの言葉には。
理屈がある。
経験がある。
そして。
悲しみも。
あった。
リアが不安そうに悠を見る。
セレスティアも。
黙っていた。
誰も簡単に否定できない。
空間は静かだった。
流れる記録だけが。
光を揺らす。
そして。
ゼロスは。
ゆっくり振り返った。
黒い瞳。
穏やか。
責める色はない。
ただ。
知りたそうに。
尋ねた。
「君はどう思う?」




