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アルカディア・レコード ― 世界最強なのに、人と話せません ―  作者: 南蛇井


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第74話 『それでも残るもの』

 『また来てね』


 その声は。


 白い空間の中で。


 静かに残っていた。


 悠は。


 しばらく動けなかった。


 記録海。


 白い光。


 浮遊する人生。


 その中心で。


 胸の奥だけが。


 少し熱かった。


 リアの声。


 ルーン村。


 夕暮れ。


 あの日。


 帰ってきていいと言われた。


 初めて。


 居場所を感じた日。


 記録は。


 まだ続いている。


 白い海が揺れる。


 光。


 柔らかな波。


 悠は。


 ゆっくり歩いた。


 会話はない。


 誰も。


 急かさない。


 ただ。


 記録だけが。


 そこにあった。


 ルーン村。


 朝。


 畑。


 風。


 ドルフの背中。


『飯だ』


 短い声。


 不器用。


 でも。


 温かい。


 煙の匂い。


 木の机。


 湯気。


 静かな日常。


 悠は見つめる。


 最初は。


 怖かった。


 村も。


 人も。


 居場所も。


 失うのが怖かった。


 だから。


 距離を取っていた。


 でも。


 記録は嘘をつかない。


 少しずつ。


 自分は。


 そこに馴染んでいた。


 ドルフの飯を待ち。


 リアと薬草を運び。


 ノクスに振り回され。


 笑っていた。


 完璧じゃない。


 でも。


 確かに。


 そこにいた。


 光が流れる。


 エルド市。


 石畳。


 人混み。


 圧倒。


 宿が聞けず。


 二十分迷子。


 ギルド前で立ち尽くし。


 受付で停止。


 記録の自分は。


 かなり酷かった。


 レオンが後ろで笑う。


「お前、毎回フリーズしてんな」


「……」


「いやもう才能だろ」


「……うるさい……」


 少しだけ。


 空気が和らぐ。


 記録は進む。


 レオン。


 隣を歩く男。


 豪快。


 気楽。


 無理に喋らせない。


『なるほど無口型か!』


 勝手に納得。


 採取依頼。


 山ごと浄化。


 大騒ぎ。


 悠は思う。


 失敗だった。


 隠すつもりだった。


 でも。


 記録を見ると。


 少し違う。


 あの日。


 レオンは笑っていた。


 怖がらなかった。


 あれは。


 失敗だけじゃなかった。


 出会いでもあった。


 光。


 王都。


 学院。


 教室。


 絶望。


 隣席。


 アルト。


『よろしく』


 自然な声。


 気負いも。


 偏見もない。


 王城。


 庭園。


 セレスティア。


 月明かり。


『……ですが今は、あなたを信じたい』


 白銀の騎士。


 監視役。


 でも。


 信じようとしてくれた。


 フィオ。


 震える手。


 感情暴走。


 異常空間。


 あの日。


 自分も限界だった。


 それでも。


 助けたかった。


 助けてと言えた。


 初めて。


 誰かに頼った。


 白い海は。


 さらに広がる。


 世界旅。


 古代都市。


 竜境。


 ノクス。


 イヴ。


 ゼロス。


 空。


 風。


 知らない景色。


 失敗。


 迷い。


 恐怖。


 全部。


 そこにあった。


 悠は歩く。


 静かに。


 記録を見ていく。


 綺麗なものだけじゃない。


 むしろ。


 綺麗じゃないものの方が多い。


 暴走。


 誤解。


 逃亡願望。


 沈黙。


 喧嘩。


 恐怖。


 失敗。


 何度も。


 立ち止まった。


 完璧な人生じゃない。


 英雄みたいでもない。


 沈黙ばかり。


 不器用ばかり。


 それでも。


 悠は。


 記録海を見つめた。


 思う。


 消したいか。


 この人生を。


「……」


 答えは。


 すぐに出た。


 違う。


 消したくない。


 不思議だった。


 昔なら。


 もっと違ったかもしれない。


 失敗ばかり見ていた。


 駄目なところばかり。


 でも。


 今。


 記録として見ると。


 少し違う。


 失敗した。


 確かに。


 たくさん。


 でも。


 だからこそ。


 覚えている。


 リアと笑ったこと。


 ドルフの飯。


 レオンの雑な励まし。


 フィオの震えた声。


 セレスティアの信頼。


 アルトの言葉。


 全部。


 完璧じゃない。


 傷もある。


 怖かった。


 泣きたかった。


 逃げたかった。


 でも。


 それでも。


 価値がある。


 悠は。


 ふと立ち止まった。


 白い海。


 記録の光。


 自分の人生。


 胸の奥が。


 苦しい。


 でも。


 嫌な苦しさじゃなかった。


 温かい。


 理解してしまったから。


 この記録は。


 綺麗だから価値があるんじゃない。


 失敗も。


 喧嘩も。


 恐怖も。


 全部含んでいる。


 だから。


 本物だった。


 悠は。


 小さく息を呑む。


 視界が少し滲んだ。


「……ぁ……」


 頬を。


 温かいものが伝う。


 涙だった。


 自分でも。


 少し驚いた。


 泣いている。


 静かに。


 ぽつりと。


 涙が落ちる。


 初めてだった。


 こんなふうに。


 自分の人生を見て。


 否定しなかったのは。


「……」


 森も。


 村も。


 街も。


 王都も。


 旅も。


 全部。


 間違いじゃなかった。


 嫌いじゃない。


 むしろ。


 大事だった。


 悠は涙を拭わなかった。


 ただ。


 記録海を見る。


 白い光。


 流れる人生。


 その時。


 静かな足音。


 ゼロスだった。


 黒衣の青年は。


 少し離れた場所で立ち止まる。


 表情は穏やか。


 怒りもない。


 焦りもない。


 ただ。


 確認するように。


 尋ねた。


「まだ」


 白い海が揺れる。


 記録が光る。


 ゼロスの声。


 静かだった。


「残す価値がある?」

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