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アルカディア・レコード ― 世界最強なのに、人と話せません ―  作者: 南蛇井


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第7話 『会話難易度SSS』

 森の道を、二人で歩いていた。


 前を行くのはリア。


 後ろを歩くのは悠。


 朝の森は静かだった。


 木漏れ日が地面に揺れ、湿った土の匂いが漂う。


 鳥の声。


 葉擦れ。


 遠くで水の流れる音。


 風景だけ見れば穏やかだ。


 ただし。


 悠の精神状態は穏やかではなかった。


(……会話……)


 発生している。


 継続中。


 回避不能イベント。


 リアはそんなことなど知らず、軽い足取りで森道を進んでいた。


「この辺り、朝は薬草採りにちょうどいいんだよー」


「……」


「さっき採ってたのは《青露草》っていう薬草。傷薬になるやつ」


「……へぇ」


 返事成功。


 悠は内心で小さく安堵した。


 リアは振り返って笑う。


「あと《眠り葉》も見つけたし、今日は結構いい感じ!」


「……そうなんだ」


「うん!」


 会話が続いている。


 なぜ。


 リアは一人でも話せるタイプだった。


 森のこと。


 薬草のこと。


 村のこと。


 次々話題が出てくる。


「森の奥はあんまり入っちゃ駄目なんだよ。魔物も出るし」


「……」


「でも浅い場所なら平気! 私、小さい頃から入ってるし」


「……すごい」


「えへへ」


 リアは少し嬉しそうだった。


 悠は後ろからその背中を見つめる。


 明るい人だ。


 よく喋る。


 会話のテンポも速い。


 自分とは真逆かもしれない。


 でも、不思議と嫌ではなかった。


 沈黙が苦にならない。


 たぶん。


 リアが勝手に喋ってくれるからだ。


「そういえば」


 ふと思い出したように、リアが振り返る。


「名前は?」


「……!」


 来た。


 自己紹介イベント。


 悠の脳内で緊急会議が始まる。


 真白悠。


 名字いる?


 異世界だし?


 偽名?


 いや何で。


 考えすぎて数秒止まる。


 リアは待ってくれていた。


 急かさない。


 そのことに少し救われながら、悠は口を開く。


「……悠」


「ユウ!」


 リアはぱっと笑った。


「私はリア!」


「……はい」


 返答がおかしかった。


 名乗り返しに「はい」は違う。


 悠は内心で少し頭を抱える。


 しかしリアは気にしていないらしい。


「ユウかぁ。いい名前!」


「……」


 名前を褒められる経験が少なくて、反応に困る。


「……ありがとう」


 小さく返す。


「うん!」


 温度差がすごかった。


 太陽と日陰くらい違う。


 でも。


 リアはそれを気にしていない。


 会話が続く。


「ユウって旅人?」


「……たぶん」


「たぶん?」


「……」


 終わった。


 自分でも何を言っているか分からない。


 異世界転生者です、とは言えない。


 でも嘘も苦手。


 結果。


 曖昧な返事になる。


 リアは少し不思議そうにしつつも、深く追及はしなかった。


「まあ色々あるよね!」


 あるらしい。


 異世界は懐が広い。


 歩きながら、リアは森の説明を続けた。


「この辺りは村の人もよく来るんだけど、もっと奥は危ないんだよ」


「……危ない」


「うん。魔物」


 その言葉に、悠は少し身構える。


 魔物。


 ファンタジー単語だ。


「大型は滅多に出ないけど、狼系とか角ウサギとかは普通にいるかな」


「……」


「だから一人の時はちゃんと気をつけないと――」


 ガサッ。


 茂みが揺れた。


「……!」


 リアがぴたりと止まる。


 表情が引き締まった。


 籠を抱え直し、森の奥を見る。


「……何かいる」


 悠も反射的に緊張した。


 空気が変わる。


 さっきまでの雑談が消えた。


 茂みが再び揺れる。


 ガサガサ。


(魔物!?)


 心拍数が上がる。


 異世界。


 森。


 魔物。


 イベントとしては正しい。


 でも心の準備がない。


 リアは小声で言った。


「ユウ、下がって」


「……」


 下がる。


 素直に。


 脳内では最悪の想像が走っていた。


 狼?


 熊?


 牙?


 戦闘?


 自分に何ができる?


 管理権限?


 いや使い方知らない。


 茂みが大きく揺れる。


 そして。


 飛び出してきたのは。


 小さな灰色の生き物だった。


「……ぴっ」


 丸っこい。


 耳が長い。


 野ウサギだった。


 沈黙。


 数秒。


 リアがぽかんとする。


 それから。


「あははっ!」


 吹き出した。


「びっくりしたぁ!」


「……」


 悠は息を吐く。


(寿命縮んだ……)


 本気で。


 ウサギは二人を一瞥すると、ぴょんと森の奥へ消えていった。


 リアはまだ少し笑っている。


「ごめんごめん。でも森って急に音するからさ」


「……うん」


 悠は胸を押さえた。


 異世界初心者には刺激が強い。


 その様子を見て。


 リアは少しだけ考える。


 最初は。


 無愛想な人なのかと思っていた。


 でも違う。


 ユウは、話さないんじゃない。


 話せなくなっている。


 緊張している。


 人が怖いのかもしれない。


 さっきのウサギでも、本気で固まっていた。


 だから。


 少し放っておけなかった。


 リアは歩きながら、前を指差した。


「あ、見えてきた」


 悠は顔を上げる。


 木々の向こう。


 森が少し開けていた。


 その先に。


 煙の上がる小さな集落が見えた。


 木造の家々。


 畑。


 柵。


 朝日に包まれた小さな村。


 悠は立ち止まりかける。


(……村……)


 つまり。


 人がいる。


 たくさん。


 胸の奥で、また警報が鳴り始めていた。

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