第6話 『森の少女』
森の風が、二人の間を吹き抜けた。
少女は籠を抱えたまま、ぱちぱちと目を瞬かせている。
一方。
真白悠の脳内は軽く非常事態だった。
(人だ)
初対面。
会話。
しかも女の子。
異世界一日目。
開始五分で対人イベント発生。
難易度がおかしい。
少し時間を戻そう。
――数分前。
リアは森の浅い場所で薬草を採っていた。
朝の採取は嫌いじゃない。
陽が高くなる前の森は静かで、薬草の状態もいい。
籠には《青露草》と《眠り葉》が少し。
今日は悪くない収穫だった。
「あと少し採ったら帰ろうかなぁ」
そう呟いた時だった。
風が鳴った。
「……?」
違和感。
鳥でも飛んだ?
リアが顔を上げた、その瞬間。
空から。
人が降ってきた。
「……え?」
落ちている。
人が。
普通に。
「ええぇっ!?」
思わず声が裏返る。
慌てて駆け寄る。
幸い――というべきか。
落ちてきた青年は途中でふわりと減速し、地面へ降り立った。
でも。
だから安心、とはならない。
空から人は普通に怖い。
「え!? 大丈夫!?」
リアは駆け寄って声をかけた。
青年――悠は、そこで初めて彼女を見た。
「……」
停止した。
栗色の髪。
森歩きに慣れた服装。
薬草籠。
年齢は自分と近いだろうか。
そして。
目が合った。
(……どうしよう)
脳内会議開始。
名乗る?
いや待て。
いきなり空から来た人間だ。
不審者では?
転生しました?
無理。
死後世界から来ました?
もっと無理。
というか。
何を言っても不審者では?
結果。
思考が渋滞した。
「……」
声が出ない。
リアは少し困った顔になる。
「あ、えっと……怪我してない?」
「……」
悠は反射的に自分の身体を見た。
怪我。
ない。
でも返事が遅れる。
言葉を探しているうちに時間だけ過ぎる。
リアはますます心配そうになった。
「頭打った……?」
「……ぁ……」
やっと声が出た。
しかし、それだけ。
単語にならない。
終了。
(終わった……)
悠は内心で崩れ落ちた。
異世界でも発動するらしい。
初対面会話不能症候群。
リアは少し視線を動かし、青年を観察した。
服装は見慣れない。
旅人?
でも荷物がない。
怪我もない。
ただ。
ひどく困っている顔をしていた。
無表情というより。
緊張している。
「……迷子?」
「……」
違う。
たぶん。
いやでも。
知らない森で方向不明という意味では迷子かもしれない。
悠の脳内で議論が始まる。
肯定?
否定?
説明?
処理落ち。
「……ぁ……」
再びそれだけ。
リアは首を傾げた。
「……喋れない……?」
「……!」
違う。
喋れないわけではない。
たぶん。
喋れる。
言葉も通じている。
でも。
否定しようとした瞬間。
何て言えばいいか分からなくなった。
結果。
「…………」
沈黙。
リアは少しだけ目を丸くした。
そして。
怖がる代わりに、眉を下げた。
「そっか……」
悠は内心で焦る。
(違う、違うです)
違うですって何だ。
日本語が怪しくなっている。
リアはそんな悠の混乱を知らず、少し考え込んだ。
怪我はなさそう。
でも様子はおかしい。
喋れないのかもしれない。
森の中で一人。
放っておくのは危険だ。
「……うーん」
少し悩んでから。
彼女はにこっと笑った。
「とりあえず村来る?」
「…………」
悠の思考が止まった。
村。
今。
村と言ったか。
つまり。
人がいる。
集団。
コミュニティ。
初対面ラッシュ。
(村!?)
心の中で警報が鳴り響く。
だが。
断る理由も思いつかなかった。
リアはそんな彼の沈黙を了承と解釈したらしい。
「大丈夫大丈夫。近いから」
そう言って、くるりと森道へ向き直る。
悠はその背中を見た。
警戒より先に。
不思議な感情があった。
怖がられなかった。
空から落ちてきた怪しい男なのに。
それが少しだけ意外だった。
そして。
どうやら。
異世界初日から、逃げ場はなさそうだった。




