第63話 『帰ってきた人たち』
深層近傍。
灰色の空。
割れた大地。
世界の縁。
風は冷たく。
音は少ない。
悠は岩にもたれたまま。
静かに俯いていた。
身体が重い。
思考も重い。
ログはまだ揺れている。
共鳴値:3.8
存在同期:低下
維持不安定
「……」
ゼロスは隣に座っていた。
急かさない。
責めない。
ただ。
静かにいる。
それが逆に。
危うかった。
再起動。
救済。
終わらせるという選択。
疲れた心には。
あまりに優しい。
悠は目を伏せる。
(……楽……なのかも……)
そんな考えが。
少しだけ。
浮かんでしまった。
その時だった。
遠く。
風の向こう。
微かな音がした。
足音。
「……?」
悠が顔を上げる。
深層近傍に。
人の気配。
あり得ない。
ゼロスも視線を向けた。
灰色の地平。
そこに。
小さな影が見えた。
複数。
ゆっくり。
でも。
真っ直ぐこちらへ来る。
悠は目を瞬かせた。
見間違いかと思った。
でも。
違った。
最初に聞こえた声。
「……いた!」
聞き覚えがある。
明るい。
真っ直ぐな声。
リアだった。
悠は固まる。
「……え……」
風の向こうから。
人影が近づいてくる。
リア。
旅装。
少し息を切らせながら。
でも。
ちゃんと笑っている。
その隣。
大きな影。
レオン。
「やっと見つけたぞ!」
豪快な声。
さらに。
白い外套。
アルト。
穏やかな表情。
そして。
その後ろ。
悠は目を見開いた。
「……ドル……フ……?」
いた。
ルーン村の頑固親父。
腕を組み。
不機嫌そうな顔で。
深層近傍に。
いる。
意味が分からなかった。
そのさらに後ろ。
見覚えのある顔。
村人たち。
数人。
農具じゃなく。
旅装備。
明らかに。
ここへ来るために。
来ていた。
「……な……」
悠の思考が止まる。
理解が追いつかない。
戦力ではない。
深層近傍。
危険地帯。
こんな場所へ。
来る理由なんて。
ないはずだった。
リアは立ち止まる。
少し離れた場所。
そして。
悠を見る。
その顔を見た瞬間。
彼女の表情が少し曇った。
「……ほんとにいた」
「……」
「顔色ひどいよ」
悠は答えられない。
なぜ。
ここに。
その疑問だけが回る。
レオンが肩を回す。
「いやー、探した探した」
「……ど……して……」
「ん?」
「……なんで……」
掠れた声だった。
リアとレオンが顔を見合わせる。
そして。
リアが少し首を傾げた。
「なんでって」
当然みたいに。
「ユウが消えたから」
「……」
「探すでしょ」
悠は言葉を失う。
そんな。
簡単なことみたいに。
でも。
リアは本気だった。
アルトも穏やかに言う。
「王都は大騒ぎだよ」
「……」
「セレスティアさん、騎士団動かしてた」
その名に。
悠の胸が少し痛んだ。
迷惑をかけた。
やっぱり。
そう思う。
ドルフが前へ出る。
相変わらず。
怖い顔。
「……坊主」
「……」
「勝手に消えるな」
短い。
でも。
怒鳴らなかった。
その代わり。
少しだけ。
眉間が深かった。
「飯が減る」
「……」
意味が分からない。
でも。
少しだけ。
ルーン村の匂いがした。
悠はまだ混乱していた。
「……でも……」
喉が詰まる。
「……危な……」
「危ない?」
レオンが笑う。
「知ってる」
「……」
「でも来た」
即答だった。
悠は目を伏せる。
理解できない。
深層近傍。
危険。
崩壊反応。
自分だって。
不安定なのに。
どうして。
こんな場所まで。
リアが一歩近づく。
風が揺れる。
彼女は。
まっすぐ悠を見た。
昔。
森で出会った時と。
少し似た顔だった。
優しくて。
でも。
遠慮しない。
「迎えに来た」
「……」
その言葉に。
悠の呼吸が止まった。
迎え。
その単語が。
胸に落ちる。
リアは続ける。
「帰る場所あるでしょ」
「……」
「だから」
小さく笑う。
「迎えに来た」
悠は何も言えなかった。
喉が詰まる。
頭が真っ白になる。
帰る場所。
その言葉。
前にも。
聞いた。
ルーン村。
あの日。
また来てね。
そう言われた。
そして。
自分は。
帰ると書いた。
手紙に。
また帰ります。
あれは。
嘘じゃなかった。
胸の奥が揺れる。
その時。
視界の端。
ログが微かに変化した。
共鳴値:4.1
同期安定:微増
共鳴反応:上昇
「……」
悠は目を見開く。
上がった。
少し。
ほんの少し。
でも。
確かに。
ゼロスが静かにそれを見る。
黒い瞳。
感情は読めない。
ただ。
観察していた。
リアたちは。
戦えない。
世界を修復できない。
権限もない。
理屈だけなら。
戦力にならない。
でも。
彼らは来た。
危険を知って。
それでも。
ここへ。
悠は胸を押さえる。
少しだけ。
痛みが和らいでいた。
風が吹く。
灰色の空の下。
崩れかけた共鳴が。
静かに。
揺れ始めていた。




