表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アルカディア・レコード ― 世界最強なのに、人と話せません ―  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
62/79

第62話 『それでも壊れる』

 深層近傍。


 灰色の空。


 風は冷たく。


 音は少ない。


 世界の縁。


 記録の薄い場所。


 悠は岩にもたれたまま動けずにいた。


 身体が重い。


 呼吸が浅い。


 指先はまだ透けている。


 ログが視界の隅で揺れていた。


共鳴値:4.0

存在同期:低下

維持補正:継続


「……」


 怖い。


 でも。


 それを口にする気力もなかった。


 少し離れた岩。


 そこに。


 ゼロスが座っていた。


 黒衣の青年。


 静かな目。


 敵意はない。


 だからこそ。


 妙に落ち着かなかった。


 戦う空気ではない。


 尋問でもない。


 ただ。


 夜みたいな沈黙がある。


 しばらく。


 誰も喋らなかった。


 風だけが通り過ぎる。


 悠は膝を抱える。


 疲れていた。


 本当に。


 疲れていた。


 ゼロスが先に口を開く。


「王都は騒いでいるだろうな」


「……」


「君が消えた」


 悠は答えなかった。


 答えられなかった。


 その通りだったから。


 きっと。


 皆が探している。


 迷惑をかけている。


 また。


 そう思うと。


 胸が重くなる。


 ゼロスは空を見る。


「……無理をしたな」


「……」


「共鳴が崩れている」


 悠は少し顔を上げた。


「……知って……たの……」


「分かる」


 淡々とした返事。


「君は私に似ている」


 その言葉に。


 悠は何も返せなかった。


 似ている。


 それは。


 どこか嫌だった。


 でも。


 否定もしきれない。


 ゼロスは続ける。


「管理権限は便利だ」


「……」


「だが代償がある」


 風が吹く。


 深層の空が揺れる。


「世界に触れすぎると」


 彼は静かに言った。


「自分の輪郭が薄くなる」


 悠は小さく息を呑む。


 その感覚を。


 もう知っていた。


 触覚の違和感。


 眠れない夜。


 透ける手。


 存在が。


 少しずつ曖昧になる恐怖。


 ゼロスは穏やかだった。


 責めない。


 説教もしない。


 だから。


 余計に言葉が入ってくる。


「……世界は壊れる」


 静かな声。


「記録も消える」


 風。


「繋がりも終わる」


「……」


 悠は俯く。


 否定したかった。


 でも。


 できなかった。


 村。


 街。


 王都。


 全部。


 永遠じゃない。


 知っている。


 世界寿命。


 三年。


 崩壊兆候。


 再起動派。


 現実だった。


 ゼロスは続ける。


「私は長く見てきた」


「……」


「文明も」


「……」


「希望も」


「……」


「愛着も」


 言葉は静かだった。


 でも。


 重い。


「最初は守ろうとした」


 悠が顔を上げる。


 ゼロスの横顔。


 どこか遠くを見ている。


「修復した」


「……」


「繋いだ」


「……」


「何度も」


 その声に。


 微かな疲労が混じっていた。


「だが」


 少しだけ。


 彼は笑った。


 悲しい笑い方だった。


「それでも壊れる」


 沈黙。


 深層の風が二人の間を通る。


 悠は膝を握った。


「……でも……」


 掠れた声。


 自分でも驚くくらい弱かった。


「……まだ……」


 言葉が続かない。


 まだ諦めたくない。


 そう言いたいのに。


 胸の奥が揺らぐ。


 ゼロスは責めなかった。


 ただ。


 静かに聞いていた。


「君には仲間がいる」


「……」


「村も」


「……」


「王都も」


「……」


「守りたいものも」


 悠は小さく頷く。


 ある。


 確かに。


 でも。


 ゼロスの次の言葉が。


 胸へ落ちた。


「だから苦しいんだ」


「……」


「失いたくないから」


 悠は息を止めた。


 それは。


 図星だった。


 リア。


 レオン。


 フィオ。


 セレスティア。


 アルト。


 ドルフ。


 ルーン村。


 失いたくない。


 だから怖い。


 だから。


 余計に苦しい。


 ゼロスは静かに言う。


「私は理解している」


「……」


「君の恐怖も」


 悠は黙った。


 風が冷たい。


 深層近傍は。


 記録が薄い。


 だからか。


 言葉が。


 妙に真っ直ぐ届いた。


 ゼロスは空を見たまま。


 小さく呟く。


「……救えなかった」


「……」


 その一言。


 初めてだった。


 感情が見えた。


 諦めでも。


 傲慢でもない。


 もっと。


 静かな後悔。


 悠は少し目を見開く。


 ゼロスは続ける。


「何度も」


「……」


「守ろうとした」


「……」


「だが私は」


 長い沈黙。


 そして。


「……救えなかった」


 風が吹く。


 その声は。


 驚くほど。


 寂しかった。


 悠は何も言えない。


 この人は。


 悪人ではない。


 分かってしまう。


 だから。


 怖い。


 優しい。


 穏やか。


 理解している。


 それなのに。


 辿り着いた答えが。


 再起動。


 世界消去。


 その優しさが。


 逆に危険だった。


 ゼロスは悠を見る。


「再起動は残酷だ」


「……」


「理解している」


「……」


「だが」


 静かな声。


「延命と救済は違う」


 悠の胸が揺れる。


 否定したい。


 でも。


 身体は崩れている。


 共鳴は落ちている。


 世界も壊れている。


 現実は。


 あまりに重かった。


 もし。


 修復できないなら。


 もし。


 全部失うだけなら。


 その時。


 再起動は。


 間違いだと言い切れるのか。


 悠は俯く。


 思考が沈む。


 疲れている。


 身体も。


 心も。


 ゼロスの声が近かった。


「休めばいい」


「……」


「全部背負わなくていい」


 甘い言葉だった。


 逃避ではない。


 合理。


 静かな救済。


 悠は目を閉じる。


 少しだけ。


 楽になりそうだった。


 苦しまなくていい。


 失う前に終わらせる。


 その考えが。


 ほんの少し。


 理解できてしまった。


 そして。


 その瞬間。


 悠の視界で。


 ログが赤く揺れる。


共鳴値:3.8

思想同期反応:変動


 深層の風が吹く。


 灰色の空の下。


 悠は。


 再起動という答えを。


 否定しきれずにいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ