第61話 『消えた夜』
王都の夜が。
軋んだ。
白い光。
それは爆発ではなかった。
音もない。
ただ。
空間そのものが。
一瞬。
記録を書き換えられたみたいに揺れた。
悠の部屋。
浮き上がる机。
散る紙。
揺れる魔導灯。
「……っ……!」
悠は膝をついた。
頭の奥。
権限が暴れている。
熱い。
いや。
熱とも違う。
存在が引き剥がされる感覚。
視界が白い。
管理権限異常
自動補正進行
同期維持優先
「……やめ……」
止めようとする。
でも。
権限は。
もう悠の意思を聞いていなかった。
身体が浮く。
景色が歪む。
窓。
壁。
天井。
全部が遠ざかる。
「……っ!」
その瞬間。
白が弾けた。
静かに。
何も残さず。
そして。
悠は消えた。
◆
数秒後。
廊下。
最初に異変へ反応したのは。
セレスティアだった。
「……!」
騎士の勘。
いや。
もっと単純な違和感。
空間振動。
記録波動。
彼女は即座に部屋へ向かう。
扉を開く。
そして。
止まった。
「……ユウ殿?」
部屋は荒れていた。
本。
紙。
倒れた椅子。
だが。
人がいない。
部屋の中央。
白い粒子だけが。
雪みたいに残っていた。
セレスティアの顔色が変わる。
「――誰か!」
鋭い声。
王城警備が動き始める。
◆
数分後。
王都。
小さな騒ぎが起きていた。
夜間警備。
騎士団。
学院側。
情報が走る。
行方不明。
しかも。
対象は。
『沈黙の記録者』
王都救済の中心人物。
世界級権限保持疑惑。
政治的にも。
安全保障的にも。
最悪だった。
レオンは寝巻きのまま飛び出してきた。
「……は?」
事情を聞いて。
顔から笑みが消える。
「消えた?」
セレスティアが頷く。
「転移反応があります」
「敵か?」
「不明です」
フィオは青ざめていた。
「……ユウ……?」
リアも息を呑む。
「待って、でも……攫われたとか……?」
セレスティアは部屋を見ていた。
白い粒子。
残留波動。
そして。
違和感。
「……違います」
「え?」
「これは外部干渉ではない」
彼女の声は低かった。
「……自発転移です」
沈黙。
レオンが眉を寄せる。
「自分で?」
「……恐らく」
その答えは。
重かった。
なぜ。
自分から。
どこへ。
そして。
なぜ誰にも言わず。
レオンは小さく舌打ちした。
「……あいつ」
思い出す。
最近。
顔色が悪かった。
無理に笑っていた。
話も少なかった。
なのに。
誰も。
強く聞かなかった。
大丈夫だと思っていた。
いや。
大丈夫であってほしかった。
「探すぞ」
レオンが言う。
即決だった。
セレスティアも頷く。
「騎士団を動かします」
フィオが不安そうに呟く。
「……でも……どこ……?」
その時。
リアが小さく顔を上げた。
「……深層」
全員が見る。
リアは少し迷って。
それでも言った。
「ユウ、最近……森を見る時の顔、変だった」
「……」
「遠く見てるみたいだった」
セレスティアは考える。
深層反応。
権限異常。
暴走転移。
あり得る。
嫌な予感が。
強くなった。
◆
一方。
悠。
そこは。
王都ではなかった。
冷たい風。
灰色の空。
割れた地面。
空気が薄い。
「……」
悠は膝をついていた。
呼吸が苦しい。
視界が揺れる。
転移。
暴走。
理解する余裕もない。
ただ。
ここが。
深層近傍だということだけ。
分かった。
景色が。
世界の縁に近い。
記録が薄い。
存在の輪郭が曖昧になる場所。
「……ぁ……」
手を見る。
透けていた。
右手。
指先。
薄く。
向こう側が見える。
胸が冷える。
怖い。
ログが揺れる。
共鳴値:4.2
存在同期:崩壊進行
維持限界接近
「……」
息が浅い。
頭が痛い。
寒い。
でも。
それ以上に。
疲れていた。
もう。
何も考えたくなかった。
(……迷惑……)
また。
こうなった。
隠した。
結果。
暴走した。
王都にも。
皆にも。
迷惑をかけた。
リア。
レオン。
セレスティア。
フィオ。
心配させる。
探させる。
(……やっぱり……)
思考が沈む。
(……俺……)
一人の方が。
いいんじゃないか。
そうしたら。
誰も巻き込まない。
その考えが。
静かに戻ってくる。
昔みたいに。
慣れた暗さ。
その時だった。
足音。
「……」
悠が顔を上げる。
風の向こう。
一人の青年が歩いてくる。
黒衣。
静かな目。
ゼロスだった。
彼は警戒もしない。
急ぎもしない。
ただ。
自然に近づいてくる。
悠は動かなかった。
動けなかった。
ゼロスは少し離れた岩へ腰を下ろす。
戦意はない。
敵意もない。
ただ。
隣にいる。
風だけが吹いていた。
しばらく。
誰も喋らない。
深層近傍の静寂。
灰色の空。
悠は俯いたままだった。
ゼロスは横顔で彼を見る。
透ける手。
不安定な同期。
崩れかけた共鳴。
全部。
見えていた。
そして。
彼は静かに言った。
「……疲れただろう」




