第64話 『帰る場所』
深層近傍。
灰色の空。
割れた大地。
世界の縁。
風は冷たかった。
でも。
さっきまでとは。
少し違っていた。
悠は岩にもたれたまま。
まだ状況を理解しきれていなかった。
リア。
レオン。
アルト。
ドルフ。
村人たち。
ここにいる。
本当に。
深層近傍へ。
迎えに。
来ていた。
理解が追いつかない。
でも。
胸の奥だけが。
妙に落ち着かなかった。
ログが揺れる。
共鳴値:4.1
同期安定:微増
「……」
少しだけ。
呼吸が楽だった。
リアは腕を組み。
悠を見ている。
笑っていない。
その顔を見て。
悠は少し身構えた。
「……リア……」
「……何」
声が低い。
怒っていた。
珍しく。
かなり。
悠は視線を逸らす。
「……その……」
「消えた」
「……」
「勝手に」
「……」
「何も言わず」
正論だった。
反論できない。
リアは一歩近づく。
「探したんだからね」
「……ごめ……」
「ほんとに!」
少し声が震えた。
悠が顔を上げる。
リアは怒っていた。
でも。
それだけじゃない。
目元が。
赤かった。
「……」
「……心配した」
その一言。
風より静かだった。
悠は言葉を失う。
リアは唇を噛む。
「ユウ、最近変だった」
「……」
「顔色悪かったし」
「……」
「でも……言わないし」
視線が揺れる。
「だから……」
そこで。
声が少し掠れた。
「……怖かった」
涙が落ちた。
小さく。
一滴。
リアは慌てて拭く。
「……あーもう」
笑おうとする。
失敗する。
「怒ってるのに……」
その顔を見て。
悠の胸が締まった。
こんな顔を。
させた。
自分が。
「……ごめん……」
やっと出た声。
小さかった。
リアは少しだけ睨む。
「……ばか」
「……」
「隠すな」
短い言葉。
でも。
真っ直ぐだった。
悠は何も返せない。
その横。
レオンが腕を組んでいた。
「ま、説教は後だな」
「……」
「死にかけ顔してるぞ」
いつもの調子。
いつもの声。
変わらない。
それが妙に。
安心した。
「……悪い……」
「おう」
軽い。
「悪かったなら今度飯奢れ」
「……」
「高い店な」
悠は少し目を瞬かせる。
レオンは笑っていた。
責めない。
怒鳴らない。
ただ。
いつも通り。
それが。
胸に染みた。
アルトも静かに近づく。
「心配したよ」
「……」
「でも見つかって良かった」
柔らかい声。
学院で初めて。
自然に話せた人。
悠は少し俯く。
「……迷惑……」
「うん」
即答だった。
悠が固まる。
アルトは穏やかに笑う。
「迷惑だった」
「……」
「皆、かなり探した」
否定しない。
でも。
そのまま続けた。
「それでも」
静かな声。
「探したかったんだよ」
「……」
「友達だから」
悠は息を止めた。
友達。
その単語。
まだ。
少し慣れない。
でも。
嫌じゃなかった。
その時。
大きな影が前へ出る。
ドルフだった。
相変わらず。
怖い顔。
腕組み。
威圧感。
悠は少し背筋が伸びる。
ドルフは。
しばらく悠を見て。
そして。
ぶっきらぼうに言った。
「……坊主」
「……」
「飯食うか」
それだけだった。
悠は止まる。
意味が。
一瞬分からない。
「……え……」
「顔色悪ぃ」
「……」
「腹減ってんだろ」
深層近傍。
世界の縁。
崩壊地帯。
なのに。
出てきた言葉が。
飯。
悠は目を瞬かせる。
ドルフは懐から包みを出した。
乾燥肉。
焼きパン。
村の保存食。
「……持って……きた……?」
「当たり前だ」
「……」
「旅だろ」
当然みたいに言う。
その瞬間。
匂いがした。
素朴な。
懐かしい匂い。
ルーン村。
夕暮れ。
食卓。
ノクス騒動。
ドルフの飯。
あの日々。
胸の奥で。
何かが崩れた。
「……」
悠は包みを見る。
視界が少し滲む。
おかしい。
涙なんて。
そんな。
でも。
喉が苦しかった。
ドルフはそれ以上何も言わない。
説教もしない。
ただ。
飯を差し出している。
帰ってきた人みたいに。
当たり前に。
その時。
ノクスが羽をばたつかせた。
「親! 食!」
「……」
「親! 帰る!」
その言葉。
帰る。
また。
胸が揺れた。
悠は周囲を見る。
リア。
泣いて。
怒って。
でも。
ここにいる。
レオン。
変わらず笑う。
アルト。
静かに隣にいる。
ドルフ。
飯を持ってきた。
村人たちも。
心配そうに。
でも。
ちゃんと来ていた。
戦力じゃない。
世界を修復できるわけでもない。
でも。
来た。
自分のために。
その事実が。
胸に落ちる。
(……俺……)
ずっと。
勘違いしていたのかもしれない。
迷惑をかける。
だから隠れる。
一人になる。
その方が。
傷つけない。
そう思っていた。
でも。
違った。
一人で消える方が。
皆を傷つけていた。
胸の奥。
温かい何かが広がる。
ログが震えた。
共鳴値:28
共鳴反応増幅
さらに。
上がる。
リアの涙。
レオンの笑い。
アルトの言葉。
ドルフの飯。
記録。
繋がり。
全部。
胸に流れ込む。
悠の呼吸が震える。
そして。
数字が跳ねた。
共鳴値:61
同期修復進行
「……」
ゼロスが静かに見ていた。
何も言わない。
ただ。
観察している。
共鳴は止まらなかった。
村。
街。
王都。
旅。
出会い。
失いたくない記録。
全部が。
悠の中へ戻ってくる。
視界が白く揺れる。
そして。
ログが大きく変化した。
共鳴値:103
第一次同期回復達成
100。
初めて。
超えた。
透けていた指先が。
ゆっくり輪郭を取り戻す。
触覚が戻る。
風が。
ちゃんと冷たい。
悠は息を呑む。
(……あ……)
戻っている。
存在が。
壊れていない。
まだ。
ここにいる。
リアが目を丸くした。
「……ユウ?」
悠は胸を押さえる。
鼓動。
温度。
現実。
全部ある。
そして。
やっと。
分かった。
自分は。
孤独じゃなかった。
ずっと。
一人じゃなかった。
喉が震える。
言葉が出る。
小さく。
でも。
確かに。
「……帰りたい……」
沈黙。
風が吹く。
リアの目が少し揺れる。
ドルフは鼻を鳴らした。
レオンは笑った。
その言葉は。
逃亡じゃない。
初めて。
帰る場所がある人間の。
願いだった。




