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アルカディア・レコード ― 世界最強なのに、人と話せません ―  作者: 南蛇井


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第57話 『共鳴欠損』

 異変は。


 静かに始まった。


 最初は。


 本当に些細なものだった。


 王都。


 滞在区画。


 朝。


 悠は部屋の机に向かっていた。


 窓から柔らかな光が入っている。


 王都の朝は早い。


 遠くから馬車の音。


 人の声。


 鐘の音。


 平和だった。


 少なくとも。


 表面上は。


「……」


 悠はぼんやり手元を見ていた。


 朝食。


 パン。


 スープ。


 少し冷めている。


 食べようと思って。


 そのまま止まっていた。


 理由は。


 自分でも少し分からなかった。


 妙な倦怠感。


 身体が重い。


 眠いわけではない。


 熱もない。


 でも。


 何かがおかしい。


 指先に視線を落とす。


「……?」


 違和感。


 右手。


 光の加減だろうか。


 少し。


 薄く見えた。


「……」


 悠は瞬きをする。


 見間違い。


 そう思った。


 思いたかった。


 その時。


 視界の端で。


 淡いログが揺れる。


共鳴値:12.4

存在同期:低下

権限負荷:上昇


「……」


 悠は固まった。


 共鳴値。


 下がっている。


 村を得て。


 仲間を得て。


 少しずつ上がっていた数値。


 それが。


 また落ちている。


 しかも。


 予想以上に。


「……なんで……」


 小さく呟く。


 返答はない。


 イヴ通信もない。


 ただ。


 ログだけが無機質に浮かんでいた。


 共鳴値十二。


 まだゼロではない。


 でも。


 嫌な数字だった。


 心臓の奥が少し冷える。


 その時。


 扉が叩かれた。


「ユウー?」


 リアの声だった。


「朝ご飯行くよー」


「……ぁ……」


 悠は反射的にログを閉じる。


「……うん……」


 声は出た。


 普通に。


 だから。


 たぶん大丈夫だ。


 そう思った。


 そう思うことにした。


 食堂。


 朝は賑やかだった。


 王都滞在組。


 旅の仲間。


 そして。


 護衛や関係者もいる。


 人が多い。


 悠は少し緊張しながら席についた。


 リアは元気だった。


「聞いた?」


「……?」


「中央市場、新しい焼き菓子出たらしいよ」


 楽しそうである。


 食べ物の情報網が広い。


 レオンは欠伸をしていた。


「朝から元気だな」


「元気じゃないと損でしょ?」


「名言っぽく聞こえる」


 ノクスは卓上をうろうろしていた。


「親! 飯!」


「……落ちる……」


「飯!」


 落ちた。


 レオンが捕獲した。


 平和だった。


 いつも通り。


 なのに。


 悠だけが少し遠い。


 音が。


 薄く聞こえる。


 会話。


 笑い声。


 何か。


 膜一枚隔てたみたいだった。


「ユウ?」


 リアが首を傾げる。


「大丈夫?」


「……え……」


「ぼーっとしてる」


 悠は少し遅れて頷く。


「……大丈夫……」


 嘘だった。


 でも。


 説明できない。


 自分でも分からない。


 昼。


 学院区画。


 アルトとの課題整理中。


 その時だった。


「……?」


 悠はふと手を止めた。


 紙。


 そこに書いていたはずの内容が。


 一瞬。


 思い出せなかった。


 空白。


 数秒。


「ユウ?」


 アルトが顔を上げる。


「どうしたの?」


「……」


 悠は紙を見る。


 読める。


 理解もできる。


 でも。


 さっき何を考えていたか。


 それだけが。


 綺麗に抜けていた。


「……いや……」


 誤魔化す。


「……少し……」


「疲れてる?」


「……たぶん……」


 アルトは無理に聞かなかった。


「最近色々あったからね」


 柔らかい声。


「休める時は休んだ方がいいよ」


「……うん……」


 その優しさが。


 少し痛かった。


 夕方。


 回廊。


 悠は一人だった。


 壁に寄りかかる。


 息を吐く。


 身体が重い。


 疲労。


 それだけじゃない。


 何か。


 内側が不安定だ。


 その時。


 視界に。


 またログが浮かぶ。


共鳴値:10.8

存在同期:警告域

記録欠損:軽度発生


「……っ」


 悠は息を呑む。


 記録欠損。


 嫌な単語だった。


 その瞬間。


 ふと。


 手が視界に入る。


「……え……」


 右手。


 透けていた。


 本当に。


 指先が。


 薄く。


 背景が見える。


 悠は凍りついた。


 数秒。


 呼吸を忘れる。


 そして。


 瞬きをした瞬間。


 元に戻る。


「……」


 風だけが吹いていた。


 回廊は静かだった。


 誰も見ていない。


 誰にも。


 気づかれていない。


 悠はゆっくり手を握る。


 冷たい。


 少し震えていた。


(……言う……?)


 頭に浮かぶ。


 仲間。


 セレスティア。


 リア。


 レオン。


 でも。


 次に浮かんだのは。


 別の感情だった。


 迷惑。


 不安。


 心配。


 また。


 抱えさせるのか。


「……」


 悠は視線を落とした。


(……大丈夫……)


 まだ。


 動ける。


 まだ。


 隠せる。


 だから。


 言わなくていい。


 そう結論づけた。


 夜。


 部屋。


 静かだった。


 窓の外。


 王都の灯り。


 悠は寝台に腰掛けていた。


 少しだけ。


 頭が痛い。


 その時。


 空間が淡く揺らぐ。


 白い光。


 通信。


 見慣れた気配だった。


 イヴ。


 彼女はいつものように現れる。


 白い瞳。


 無表情。


 でも。


 今日は。


 少しだけ空気が違った。


「……イヴ……」


 彼女は即座に言った。


「警告します」


 声は淡々としている。


 けれど。


 その内容は。


 冷たかった。


 ログが展開する。


共鳴欠損進行中

存在崩壊兆候確認

管理権限使用停止推奨


 悠は息を止めた。


「……え……」


 イヴは続ける。


「原因は複合です」


「世界規模負荷」


「管理権限酷使」


「そして」


 一瞬。


 間があった。


 白い瞳が悠を見る。


「孤立ストレス」


「……」


 胸が小さく痛んだ。


 イヴは感情なく告げる。


「このままでは」


 ログが赤く変わる。


「あなたは、存在を維持できません」

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