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アルカディア・レコード ― 世界最強なのに、人と話せません ―  作者: 南蛇井


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第56話 『再起動を望む者』

 世界は。


 静かに壊れ始めていた。


 王都会議から数日。


 城内は慌ただしかった。


 使者。


 通信結晶。


 各国報告。


 休む間もなく情報が流れ込む。


 そして。


 そのどれもが。


 あまり明るくなかった。


 悠は王城資料室にいた。


 高い天井。


 積まれた報告書。


 静かではある。


 だが。


 落ち着く場所ではなかった。


 社会の情報量が多い。


 非常に。


 向かいにはセレスティア。


 隣にはフィオ。


 少し離れてレオンがいた。


 なぜか菓子を食べている。


「……仕事中……」


「頭使う時は糖分だ」


 理屈は分かる。


 でも。


 気が抜ける。


 それはありがたかった。


 セレスティアが一枚の報告書を置く。


「北方境界領です」


 地図。


 赤い印。


 悠は視線を落とした。


「……避難……?」


「はい」


 彼女は頷く。


「空間不安定化が進行しています」


 資料には写真記録が添えられていた。


 村。


 ひび割れた地面。


 歪んだ空。


 崩れた家屋。


 深層汚染ではない。


 もっと静かな異常。


 世界そのものの疲労。


 悠は息を止める。


 イヴの言葉を思い出した。


――世界寿命:残り三年


 予測。


 ではなく。


 現実。


 セレスティアは次の資料を開いた。


「こちらは西部沿岸」


 海辺の街。


 だが。


 海面が歪んでいた。


 景色が揺らいでいる。


「結界維持が不安定です」


「……」


「漁業停止」


「港湾閉鎖」


「住民移住開始」


 重い。


 レオンも流石に菓子を止めた。


「……本格的だな」


「ええ」


 王都だけではない。


 世界全体。


 老朽化。


 その現実が少しずつ形になっている。


 資料室の窓から外を見る。


 王都はまだ平和だった。


 人々は歩いている。


 市場もある。


 日常もある。


 でも。


 その裏で。


 世界は確かに軋んでいた。


 その時。


 新しい通信結晶が運び込まれる。


 文官の顔は暗い。


「追加報告です」


 セレスティアが受け取る。


 少し読む。


 そして。


 表情がわずかに曇った。


「……終末病」


 フィオが顔を上げた。


「……終末病?」


 セレスティアは説明する。


「近年増えている病です」


「魔力循環障害」


「深層汚染由来とも言われています」


 悠は聞いていた。


 聞き慣れない言葉だった。


 資料が回される。


 若い女性。


 痩せた手。


 寝台。


 魔力結晶治療。


 病状進行。


「……治らない……?」


「現状は」


 沈黙。


 フィオが小さく息を呑む。


 そして。


 報告の最後に。


 一文があった。


 セレスティアは静かに読む。


「……終末病患者団体、一部が再起動支持表明」


 資料室が静まった。


 悠は顔を上げる。


「……え……」


 再起動支持。


 その言葉に。


 まだ少し抵抗がある。


 だが。


 セレスティアは続けた。


「他にもあります」


 次の報告。


「南部崩壊地域」


「難民集落」


「再起動支持演説への参加増加」


 悠は言葉を失った。


 難民。


 崩壊地域。


 資料には記録映像もあった。


 許可を受け。


 魔導映写が起動する。


 空中に映る景色。


 壊れた街。


 仮設天幕。


 痩せた子供。


 疲れた大人たち。


 王都とは違う。


 現実。


 崩壊が先に来ている場所。


 映像の中。


 一人の老人が言っていた。


『もう十分だ』


 声が擦れている。


『失うものは失った』


 悠は黙る。


『もし次の世界があるなら』


『そこで孫が生きられるなら』


『私は……それでも……』


 映像が止まる。


 資料室は静かだった。


 誰もすぐには喋れない。


 悠は視線を落とした。


 頭の中で。


 再起動派という言葉が揺れる。


 彼らは。


 悪人ではなかった。


 世界を壊したいわけじゃない。


 むしろ。


 救われたいのだ。


 終末病患者。


 崩壊地域の住民。


 失うものを失った人たち。


 絶望の先で。


 別の希望を見ている。


 レオンが低く言う。


「……難しいな」


「……」


「殴れば解決って話じゃねぇ」


 その通りだった。


 敵ではない。


 だから。


 簡単に否定できない。


 悠は胸の奥が重くなる。


 ゼロスの言葉が蘇る。


――救済と延命は違う


 あの理屈。


 今なら。


 少し分かってしまう。


 セレスティアも静かだった。


「再起動派は過激思想ではありません」


 淡々と。


 でも重く。


「少なくとも全員がそうではない」


 彼女は資料を閉じる。


「彼らにも事情があります」


 フィオが小さく言う。


「……苦しいから……?」


「ええ」


「……怖いから……?」


 セレスティアは頷いた。


 怖い。


 それは。


 悠にも分かる感情だった。


 世界が終わる。


 三年。


 もし。


 本当に修復できないなら。


 何を選ぶのか。


 正解は。


 簡単ではない。


 資料室を出た後。


 悠は一人で回廊を歩いていた。


 窓の外。


 王都の空。


 平和そうだった。


 でも。


 世界のどこかでは。


 今日も壊れている。


「……」


 胸が重い。


 修復したい。


 そう思う。


 でも。


 再起動を望む人たちも。


 ただ生きたかっただけだ。


 その時。


 視界の端でログが揺れた。


通信記録受信


 イヴではない。


 王都広域映像。


 公開演説。


 悠は足を止める。


 魔導映像が空中に広がった。


 広場。


 群衆。


 壇上。


 一人の演説者。


 知らない男だった。


 だが。


 その言葉は力を持っていた。


『我々は死を望んでいるのではない!』


 人々が聞いている。


『生を望んでいる!』


 歓声。


『崩壊を待つだけの世界に未来はあるのか!?』


 群衆が揺れる。


『再起動は破壊ではない!』


『再生だ!』


 悠は動けなかった。


 演説は続く。


 広場の熱気。


 支持。


 共感。


 それは。


 少数派の声ではなかった。


 王都だけではない。


 各国で。


 同じような演説が始まっている。


 思想が。


 広がっている。


 風が回廊を吹き抜けた。


 悠は静かに思う。


(……正しさ……)


 一つじゃない。


 それが。


 こんなにも苦しいことだとは。


 まだ。


 知らなかった。

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