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アルカディア・レコード ― 世界最強なのに、人と話せません ―  作者: 南蛇井


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第51話 『再起動』

 遺跡の空気は。


 まだ凍りついたままだった。


「……君の失敗作だよ」


 その言葉が。


 静かに広間へ残っている。


 誰もすぐには動かなかった。


 いや。


 動けなかった。


「……は……?」


 最初に声を出したのは。


 レオンだった。


 当然だった。


「待て待て」


 頭を掻きながら。


 困惑した顔でゼロスを見る。


「説明が飛びすぎだろ」


 セレスティアは剣を下ろさない。


 白銀の切っ先が。


 まっすぐゼロスへ向いていた。


「発言の意図を説明しろ」


 ゼロスは穏やかだった。


 緊張がない。


 敵意も。


 焦りも。


 まるで。


 こうなることを全部知っていたみたいに。


「もちろん」


 彼はゆっくり視線を巡らせる。


 そして。


 再び悠を見る。


「まず訂正しよう」


「……」


「失敗作という表現は少し正確じゃなかった」


 悠は何も言えない。


 頭が追いつかない。


 失敗作。


 自分。


 似ている顔。


 記録照合失敗。


 情報が整理できない。


 ゼロスは静かに続けた。


「私は管理側存在だ」


 広間が静まる。


「……管理……?」


 アルトが小さく呟く。


 その単語に。


 悠の視界でログが揺れた。


 ゼロスは頷く。


「君が知る存在で言えば」


 少し考えて。


 言う。


「イヴに近い」


 その瞬間。


 悠の胸が強く跳ねた。


「……イヴ……?」


 ゼロスは平然としていた。


「記録精霊」


「管理補助個体」


「アーカイブ接続機構」


 淡々と。


 知っている前提で話す。


 ……知りすぎている。


 フィオが小さく身を縮める。


「……なんで……」


 ゼロスは答えない。


 代わりに。


 空間へ指を滑らせた。


 光。


 ログ。


 白ではなく。


 淡い黒銀の情報群。


 広間中央へ巨大な立体地図が浮かぶ。


 大陸。


 海。


 空。


 世界図。


 全員が息を呑んだ。


「……っ」


 悠は見覚えがあった。


 イヴが見せた世界地図ログ。


 だが。


 これは違う。


 もっと詳細。


 もっと。


 冷たい。


 ゼロスはその地図を見上げた。


「世界診断結果」


 光が走る。


 大陸各地へ。


 赤い亀裂のような表示。


「管理機構損傷」


「深層断裂拡大」


「世界基盤劣化」


 表示が増える。


 赤。


 赤。


 赤。


 セレスティアの表情が険しくなる。


「……これは……」


「現状だ」


 ゼロスの声は静かだった。


「君たちが生きる世界の」


 その言葉に。


 リアが顔を強張らせる。


「……そんな……」


 地図中央。


 大きな数字。


残存期間予測

2.96年


 悠の喉が乾く。


 三年。


 イヴの言葉。


 やっぱり。


 本当だった。


 ゼロスは続ける。


「私は長期間」


「この世界を観測してきた」


「診断も」


「修復試行も」


「管理補助も」


「すべて確認済みだ」


 悠は思わず聞いた。


「……修復……できない……?」


 ゼロスは。


 迷わなかった。


「不可能だ」


 即答。


 空気が重く沈む。


 リアが息を呑む。


 フィオの顔色が白くなる。


 レオンですら。


 笑わなかった。


「……待て」


 セレスティアが低く言う。


「断定が早すぎる」


「根拠は」


「ある」


 ゼロスは地図へ触れた。


 世界の一部が拡大される。


 深層断裂。


 管理機構。


 崩壊ログ。


「老朽化は局所ではない」


「基盤全体」


「修復機構そのものが損傷している」


 その説明は。


 妙に。


 納得できてしまった。


 アステラ。


 管理都市。


 停止した文明。


 古竜の言葉。


 全部。


 繋がる。


 ゼロスは静かに言う。


「延命は可能だった」


「過去には」


「だが」


 指先が止まる。


「臨界点を越えた」


 悠は黙る。


 否定したい。


 でも。


 理屈が通っている。


 ……怖いくらいに。


 アルトが慎重に聞いた。


「それでも」


「何か方法はあるんじゃないか?」


 ゼロスは彼を見る。


 優しい目だった。


 でも。


 その優しさには温度がない。


「ある」


 その一言に。


 全員が反応した。


 リアが顔を上げる。


「本当に!?」


 ゼロスは頷く。


「あるとも」


 そして。


 静かに。


 言った。


「再起動だ」


 ……。


 誰も。


 意味を理解できなかった。


 悠が先に聞く。


「……再……起動……?」


「世界初期化」


 ゼロスの声は。


 あまりにも落ち着いていた。


「管理機構再構築」


「基盤修復」


「新世界生成」


 広間が静まり返る。


 アルトが眉を寄せる。


「……それは」


 ゼロスは。


 迷わず続けた。


「全生命消去を伴う」


 空気が止まった。


 リアの顔から血の気が引く。


「……え……」


 フィオが小さく震える。


「……全部……?」


「そうだ」


 ゼロスは淡々としていた。


「現在世界は終了する」


「その後」


「新たな世界が生成される」


 レオンが目を細める。


「……おい」


 笑っていない声だった。


「それを方法って呼ぶのか?」


「呼ぶ」


 ゼロスは平然としていた。


「最適解だ」


 セレスティアが剣を握る。


「貴様……」


「感情的反発は理解している」


「だが」


 黒銀のログが揺れる。


「合理性は高い」


 その言葉に。


 悠の胸がざわつく。


 ……合理的。


 否定したい。


 なのに。


 理解できてしまう。


 壊れた機械。


 修復不能。


 なら。


 作り直す。


 理屈だけなら。


 間違っていない。


 ゼロスは悠を見る。


「君なら分かるだろう」


「……」


「管理権限保持者」


 その呼び方に。


 悠の肩が強張る。


「世界は既に死につつある」


「再起動は破壊じゃない」


「更新だ」


 静かな声。


 責めない。


 押し付けない。


 だから。


 怖かった。


 リアが首を振る。


「そんなの……!」


「村も!?」


「人も!?」


「全部なくなるってことでしょ!?」


「そうだ」


 ゼロスは否定しない。


 リアの顔が歪む。


「……そんなの……」


 フィオも震えていた。


 小さな声。


「……嫌……」


 ゼロスは彼女を見る。


「理解している」


「感情はそう判断する」


「でも」


 視線を戻す。


 悠へ。


「君は違うはずだ」


「……っ」


 心臓が強く跳ねる。


「君は世界構造を理解できる」


「記録を見られる」


「だから」


 静かに。


 穏やかに。


 問いかける。


「延命に意味はあるか?」


 悠は息を呑んだ。


 ルーン村。


 リア。


 ドルフ。


 レオン。


 フィオ。


 ノクス。


 王都。


 笑った日々。


 全部。


 三年で終わる。


 もし。


 どうやっても助からないなら。


 なら……。


「……」


 喉が詰まる。


 答えが出ない。


 ゼロスはそんな悠を見て。


 少しだけ。


 寂しそうに笑った。


 そして。


 静かに言った。


「救済と延命は違う」

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