第40話 『残り三年』
王都の朝は。
静かだった。
昨夜の崩壊寸前が嘘みたいに。
空は青い。
再構築された結界が。
淡く都市を覆っている。
でも。
人々の顔には。
まだ昨夜の衝撃が残っていた。
広場。
市場。
街路。
話題は一つだった。
「見たか?」
「空が……」
「結界が戻ったんだぞ」
「誰がやったんだ……?」
噂。
憶測。
恐怖。
そして。
畏怖。
王都は助かった。
その事実だけは誰にも否定できない。
だが。
どうやって?
誰が?
そこが問題だった。
宿の一室。
悠は。
完全に沈んでいた。
「……」
机。
椅子。
窓。
動かない。
昨夜から。
かなり長時間。
ほぼこの状態だった。
疲労。
精神的な意味で。
非常に。
ノクスが机の上から覗き込む。
「親?」
「……うん……」
「死んだ?」
「……死んでは……ない……」
危うかったけど。
死んではいない。
リアが苦笑する。
「昨日からそればっかりだね」
宿部屋には。
リア。
レオン。
フィオもいた。
空気は。
微妙だった。
助かった。
でも。
何を見たのか。
皆まだ整理できていない。
悠も同じだった。
レオンは窓際で腕を組む。
「まー」
「……」
「派手だったな」
派手。
その表現で済ませていいんだろうか。
悠には分からない。
リアが少し困った顔になる。
「……えっと」
「……」
「正直、かなりびっくりした」
「……うん……」
否定できない。
フィオは毛布を抱えながら小声で言った。
「……綺麗……だった……」
「……」
その感想だけが。
少し救いだった。
悠は視線を落とす。
怖かった。
昨夜。
助けられた。
でも。
同時に。
見られた。
隠しきれなかった。
胸が少し重くなる。
その時。
扉が叩かれた。
コンコン。
悠が固まる。
誰か来た。
朝。
訪問。
難易度高い。
レオンが普通に開けた。
そこには。
セレスティアがいた。
白銀騎士。
今日も姿勢が良い。
「失礼します」
「おう」
彼女は部屋へ入り。
悠を見る。
視線は真っ直ぐだった。
でも。
前と少し違う。
監視対象を見る目ではない。
まだ整理できていない。
そんな眼差し。
「王城より伝達です」
悠の肩が僅かに揺れる。
また。
嫌な予感。
セレスティアは続けた。
「昨夜の件について、王国は正式調査を開始しました」
「……」
「議会、軍務府、神殿」
「各勢力とも大きく動いています」
重い。
非常に。
想像通りだった。
リアが小声で呟く。
「……やっぱり……」
セレスティアは正直だった。
「混乱しています」
「……」
「英雄視する者」
「脅威視する者」
「……信仰対象として扱う者も」
悠は静かに視線を逸らした。
全部。
想像していた。
だから。
怖かった。
レオンは肩を竦める。
「有名人だなぁ」
「……なりたく……ない……」
「知ってる」
即答だった。
セレスティアは一枚の報告書を差し出した。
「それと」
「……?」
「通称が拡散しています」
嫌な単語だった。
悠は少し嫌な顔になる。
セレスティアは淡々と読む。
「既存の通称」
『沈黙の記録者』
それは知ってる。
既に十分困っていた。
「加えて」
一拍。
「新たな呼称が確認されています」
嫌な予感しかしない。
セレスティアは読み上げた。
「――『世界を縫う者』」
「…………」
部屋が少し静かになった。
悠は停止した。
リアが小さく目を丸くする。
「……おお……」
レオンは口笛を吹いた。
「格好いいじゃねぇか」
「……よく……ない……」
悠は即座に否定した。
格好よさの問題じゃない。
目立つ。
非常に。
ノクスだけは嬉しそうだった。
「親! 縫う!」
「……縫って……ない……」
いや。
縫った気もする。
少しだけ複雑だった。
セレスティアは報告を終え。
それから。
少しだけ。
個人として話すように言った。
「……昨夜」
悠が顔を上げる。
「ありがとうございました」
「……」
「多くの命が救われました」
静かな声。
騎士として。
真剣な礼だった。
悠は返事に困る。
でも。
少し考えて。
「……助けたかった……だけ……」
小さく言った。
セレスティアは。
ほんの僅か。
目を細めた。
「……そうですか」
それ以上は聞かなかった。
彼女は一礼し。
部屋を後にする。
扉が閉まる。
静かになる。
悠は窓を見る。
王都。
人。
噂。
政治。
怖い。
正直。
まだかなり。
でも。
昨夜。
助けたいと思ったのも本当だった。
不思議だった。
前なら。
逃げたいだけだった気がする。
今も逃げたい。
それは変わらない。
でも。
それだけじゃなくなっている。
「……」
少しだけ。
自分が変わっている。
そんな気がした。
夜。
王都は静かだった。
宿室。
皆は眠っている。
悠だけが起きていた。
窓際。
月明かり。
考え事。
頭が整理できない。
その時だった。
視界。
白いノイズ。
「……?」
空気が揺れる。
音が遠のく。
そして。
見慣れたログが現れた。
管理領域接続
アーカイブ同期開始
悠は目を見開いた。
「……!」
白い光。
景色が薄れる。
意識が引かれる。
そして。
気づけば。
そこにいた。
白い世界。
空でも地面でもない場所。
漂う記録。
記憶。
ログ。
アーカイブ。
懐かしい景色だった。
「……ここ……」
「お久しぶりです」
声。
振り向く。
そこに。
イヴがいた。
白髪。
無表情。
変わらない。
相変わらず。
感情が読み取れない。
「……イヴ……」
「個体状態確認」
「存在同期上昇」
「共鳴値改善傾向」
まず健康診断だった。
いつものことらしい。
悠は少し安心した。
「……久しぶり……」
「時間経過上、適切表現と確認」
やっぱりイヴだった。
でも。
どこか。
少しだけ。
懐かしかった。
悠は小さく息を吐く。
「……何か……あった……?」
イヴがわざわざ接続してきた。
それは。
たぶん。
良い知らせではない。
イヴは静かに頷く。
「はい」
漂うログ。
白い瞳。
そして。
彼女は。
いつもの淡々とした声で告げた。
「重要報告があります」
「……?」
「世界状態を再観測しました」
空気が少し冷える。
「結果を報告します」
ログが展開した。
赤。
警告色。
悠は嫌な予感を覚える。
イヴは感情なく続けた。
「世界寿命」
一拍。
「残存期間」
さらに。
一拍。
「――三年」
「…………」
悠は。
数秒。
意味を理解できなかった。
世界。
寿命?
三年?
頭の中で単語が繋がらない。
そして。
やっと。
理解が追いつく。
「……え?」
イヴは無表情のまま。
静かに頷いた。
「アルカディア崩壊予測」
「残存期間:三年です」
悠は。
もう一度。
本当に。
もう一度だけ聞いた。
「……え?」




