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アルカディア・レコード ― 世界最強なのに、人と話せません ―  作者: 南蛇井


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第39話 『世界を縫う者』

 空が。


 割れていた。


 王都上空。


 巨大結界。


 崩壊。


 光の膜には幾重もの亀裂が走り。


 裂け目の向こうでは。


 夜空そのものが歪んでいる。


 景色が揺れる。


 建物の輪郭が滲む。


 空間が。


 悲鳴を上げていた。


 街には混乱が満ちている。


「逃げろ!」


「北区画が崩れる!」


「結界が落ちるぞ!」


 警鐘。


 怒号。


 泣き声。


 人の流れ。


 王都という巨大都市が。


 少しずつ。


 壊れていく。


 悠はその空を見上げていた。


「……」


 視界の端。


 赤いログ。


崩壊進行

記録層損傷

緊急介入推奨

介入猶予:極小


 もう。


 迷っている時間はない。


 怖い。


 まだ。


 正直に言えば。


 すごく怖かった。


 使えば。


 隠してきたものが露見する。


 管理者権限。


 人間離れした力。


 普通ではいられない。


 監視。


 利用。


 崇拝。


 全部現実になるかもしれない。


 でも。


 悠は。


 遠く北区画を見た。


 結界塔。


 傷ついた術師。


 逃げ惑う人々。


 リア。


 フィオ。


 レオン。


 学院。


 王都。


 守ろうとしている人たち。


 そして。


 アルトの声が。


 まだ胸に残っていた。


 ――君が誰でもいい。


 拳を握る。


 少しだけ。


 震えていた。


 でも。


 逃げたい気持ちと同じくらい。


 別の感情もあった。


(……失いたくない……)


 その瞬間だった。


 悠の視界。


 管理権限が反応する。


深層管理権限照会

管理補助人格接続


 耳元。


 静かな声。


「……介入を確認しますか」


 イヴ。


 懐かしい声だった。


 誰にも聞こえない。


 記録領域からの接続。


 悠は目を閉じる。


「……イヴ……」


「状況分析完了」


 淡々と。


 いつもの調子。


「王都空間崩壊率上昇」


「通常魔術による修復困難」


 一拍。


「管理権限使用で修復可能です」


「……」


 分かってる。


 だから。


 苦しい。


「使用時、管理者痕跡露見率上昇」


 言葉が続く。


「推定六十三%」


 高い。


 かなり。


 悠は息を吐いた。


「……怖い……」


 小さく漏れる。


 誰に向けた言葉か。


 自分でも分からない。


 イヴは沈黙した。


 それから。


 少しだけ。


 柔らかく言った。


「記録には誤差があります」


「……」


 悠は目を開く。


 あの時。


 転生前。


 アーカイブで聞いた言葉。


「未来は確定していません」


 胸の奥が。


 静かに揺れた。


 空がまた軋む。


 ――バキィッ!


 大きな亀裂。


 悲鳴。


 もう。


 限界だった。


 悠は。


 静かに息を吸った。


 そして。


 空を見上げる。


「……やる……」


 その瞬間。


 管理権限が。


 解放された。


 ――――。


 世界が。


 一瞬。


 止まった。


「……!?」


 リアが目を見開く。


 レオンも息を呑む。


 セレスティアの白銀の瞳が揺れた。


 悠の足元。


 光。


 魔法陣ではない。


 もっと古く。


 もっと深い。


 無数の文字列。


 記録。


 ログ。


 世界そのものの構文。


 それが。


 夜の街路に広がっていく。


 風が止まる。


 音が薄れる。


 王都全体へ。


 静かな波が走った。


 悠の視界。


管理権限承認

深層修復開始

記録編集領域展開


 身体が軽かった。


 でも。


 恐ろしいほど。


 力が流れている。


 空間。


 時間。


 記録。


 全部が手の届く場所にある。


 触れれば。


 変わる。


 悠は右手を上げた。


 その動きに呼応して。


 空。


 崩れかけた結界が。


 止まった。


「……え……?」


 誰かが呟く。


 王都中で。


 人々が空を見上げる。


 そして。


 始まった。


 亀裂。


 崩壊。


 裂け目。


 それらが。


 逆再生みたいに。


 静かに閉じていく。


 まるで。


 誰かが。


 破れた布を縫い合わせるように。


 光の糸が生まれた。


 蒼白。


 透明。


 夜空を走る無数の線。


 それは。


 魔法ではなかった。


 もっと根源的な何か。


 世界の記録そのもの。


 糸は空を巡る。


 裂け目へ触れる。


 そして。


 縫う。


 ひとつ。


 またひとつ。


 傷ついた世界が。


 ゆっくり修復されていく。


「……なんだ……あれ……」


 騎士が呆然と呟く。


 北区画。


 半壊した結界塔。


 そこでも。


 光が降りていた。


 倒れた術式。


 崩壊した支柱。


 焼けた魔導回路。


 それらが。


 記録ごと修復されていく。


 シエルは地面に倒れながら。


 その光を見上げていた。


「……修復……?」


 信じられなかった。


 結界術ではない。


 こんな術式。


 存在しない。


 崩壊したはずの中枢が。


 蘇っていく。


 ありえない。


 ありえないのに。


 起きている。


 王都全域。


 空間の歪みが消えていく。


 建物が安定する。


 空気が戻る。


 深層侵食が。


 押し返される。


 悠の周囲には。


 無数のログが巡っていた。


記録修復

空間固定

結界再構築

世界同期実行


 その姿は。


 もう。


 普通の冒険者ではなかった。


 夜空を背負い。


 世界へ触れている。


 まるで。


 傷ついた現実を。


 縫い直しているみたいだった。


 セレスティアは息を呑む。


(……この力……)


 理解できない。


 でも。


 一つだけ。


 確かなことがある。


 国家魔術ではない。


 人類魔術体系の外。


 世界そのものへ。


 干渉している。


 恐怖より先に。


 純粋な衝撃があった。


 王城。


 監視塔。


 議会棟。


 各所でも。


 人々が空を見ていた。


 王国魔導院。


「……結界が……再構築……?」


 議員たち。


「馬鹿な……」


 軍務府。


 ガイルは窓辺で空を見上げていた。


「……これは……」


 声が低くなる。


 合理主義者の彼でも。


 言葉を失う。


 軍事力ではない。


 戦略兵器でもない。


 もっと別。


 世界法則側の力。


 神殿では。


 神官たちが跪いていた。


「奇跡……」


「御業……」


 震える声。


 崇拝。


 畏怖。


 理解不能ゆえの祈り。


 そして。


 王都上空。


 最後の裂け目が。


 閉じる。


 ――……。


 静寂。


 夜空が戻った。


 結界は。


 完全に再構築されていた。


 光がゆっくり消えていく。


 風が戻る。


 音が戻る。


 悠の身体から。


 力が抜けた。


「……っ」


 膝が揺れる。


 限界。


 でも。


 王都は。


 助かった。


 沈黙。


 街が静まる。


 そして。


 人々は。


 見ていた。


 夜空の下。


 光に包まれ。


 世界へ触れていた。


 一人の少年を。


 悠は顔を上げる。


 周囲。


 セレスティア。


 リア。


 レオン。


 騎士たち。


 皆。


 こちらを見ていた。


 その視線に。


 胸が少し冷える。


 ログが静かに表示される。


管理者痕跡露出:部分確認

秘匿状態:半損失


 ――隠しきれなかった。


 夜空の下。


 正体は。


 半分。


 世界へ露見していた。

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