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アルカディア・レコード ― 世界最強なのに、人と話せません ―  作者: 南蛇井


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第38話 『君が誰でも』

 王都の夜は。


 崩れかけていた。


 空。


 結界の亀裂。


 歪む光。


 遠くで鳴り響く警鐘。


 避難誘導の声。


 街路には不安が満ちている。


「北区画へ近づくな!」


「広場へ避難を!」


「急げ!」


 人の波が流れていた。


 混乱。


 焦燥。


 恐怖。


 悠はその中に立っていた。


「……」


 息が浅い。


 人。


 視線。


 喧騒。


 共鳴値が揺れる感覚がある。


 視界の端。


共鳴値:低下傾向

存在同期:不安定


 頭が重い。


 空間の歪み。


 深層反応。


 管理権限。


 全部が同時に流れ込んでくる。


 情報量が多すぎた。


 そして。


 一番重いのは。


 決断だった。


 使えば終わる。


 世界改変。


 記録層修復。


 王都は救える。


 でも。


 隠してきたものも終わる。


 悠は拳を握った。


(……知られたくない……)


 怖い。


 力そのものより。


 その後が。


 怖かった。


 監視。


 利用。


 崇拝。


 距離。


 また。


 普通でいられなくなる。


 その時だった。


「ユウ?」


 聞き慣れた声。


 悠が振り向く。


 そこにいたのは。


 アルトだった。


 学院制服。


 少し乱れた髪。


 避難誘導を手伝っていたらしい。


 彼は人波を抜けてこちらへ来る。


「無事だったんだ」


「……アルト……」


「よかった」


 それだけ言って。


 隣へ立つ。


 無理に顔を覗き込まない。


 距離が自然だった。


 騒がしい街の中。


 そこだけ少し静かに感じる。


 アルトは空を見上げた。


「結構まずいね」


「……うん……」


「君、顔色悪い」


「……」


 図星だった。


 悠は視線を逸らす。


 何を言えばいいのか分からない。


 でも。


 アルトは急かさない。


 沈黙を気まずくしない。


 それが。


 少し楽だった。


 遠くで結界が軋む。


 光が揺れる。


 アルトは静かに言った。


「……知ってる?」


「……?」


「僕、実は結構緊張してる」


 悠は目を瞬かせた。


 学院主席。


 天才。


 余裕のある人。


 そんな印象だった。


「……アルト……が……?」


「うん」


 あっさり頷く。


「空が割れそうなの、普通に怖い」


 少し笑う。


 冗談みたいに。


 でも。


 本音だった。


「皆も多分そう」


「……」


「強い人も、騎士も、先生も」


 アルトは視線を空へ向けたまま続けた。


「怖くない人なんて、そんなにいないよ」


 悠は黙って聞く。


 避難民の声。


 警鐘。


 風。


 全部が遠く感じた。


「……」


 言うべきじゃない。


 たぶん。


 でも。


 胸の中が苦しかった。


 抱えきれない。


 そして。


 少しだけ。


 アルトには話せる気がした。


 悠は小さく口を開いた。


「……俺……」


 声が詰まる。


 怖い。


 言葉にするのが。


 でも。


 続ける。


「……助けられる……かも……しれない……」


 アルトは黙って聞いていた。


「……でも……」


 喉が乾く。


 視線が落ちる。


「……知られるの……怖い……」


 小さな声だった。


 人に聞かれたくない。


 自分でも。


 認めたくないくらい。


「……変に……思われる……」


「……」


「……怖がられるかも……」


 ルーン村が頭に浮かぶ。


 王城。


 議会。


 監視。


 利用。


 全部。


 現実になる。


「……だから……」


 そこまで言って。


 言葉が止まる。


 情けないと思った。


 街が崩れそうなのに。


 自分は。


 まだ。


 そんなことで迷っている。


 だが。


 アルトは。


 笑わなかった。


 責めもしない。


 ただ。


 少し考えるようにして。


 静かに言った。


「……そっか」


 それだけだった。


 否定も。


 説教もない。


 その反応に。


 逆に悠は顔を上げる。


 アルトは穏やかだった。


「知られるの、怖いよね」


「……」


「僕だって嫌だよ」


 風が吹く。


 結界が揺れる。


 アルトは悠を見る。


 柔らかな目だった。


「でも」


 一拍。


 そして。


 静かに。


 核心を置くように言った。


「君が誰でもいい」


「……」


 悠は息を止めた。


 アルトは続ける。


「何を持ってても」


「どれだけ変でも」


「僕はそこ、あんまり重要じゃないと思ってる」


 夜風が二人の間を抜ける。


「助けたいと思ったなら」


 彼は笑った。


「十分だよ」


「……っ」


 胸が。


 少しだけ痛くなった。


 その言葉は。


 真っ直ぐだった。


 打算じゃない。


 利用でもない。


 ただ。


 そう思っているから言った。


 それが分かった。


 悠は何も言えなかった。


 でも。


 胸の奥。


 ずっと張り詰めていた何かが。


 少しだけ。


 ほどける。


 その時だった。


 ――バキィン!


 空。


 結界の一部が。


 大きく砕けた。


 悲鳴が上がる。


 歪みが広がる。


 視界。


 赤い警告。


崩壊進行

緊急介入必要


 もう。


 時間がない。


 悠は空を見上げた。


 揺れる王都。


 崩れかけた結界。


 守ろうとしている人たち。


 傷ついたシエル。


 怖い。


 まだ。


 怖い。


 でも。


 胸の中には。


 さっきの言葉が残っていた。


 ――君が誰でもいい。


 悠は。


 静かに拳を握った。


 そして。


 息を吸う。


 決断の時が。


 来ていた。

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