第37話 『隠したい力』
王都は。
揺れていた。
空。
巨大結界。
亀裂。
歪む光。
夜を覆うはずの守護膜が。
不安定に明滅している。
街では悲鳴が上がっていた。
「逃げろ!」
「北区画が崩れる!」
「結界塔が……!」
人の流れ。
混乱。
王都全体が。
ゆっくり崩れ始めていた。
そして。
悠の視界には。
赤い警告が並んでいた。
王都空間安定率:低下
深層侵食拡大
結界中枢損傷確認
崩壊進行中
「……」
分かる。
状況が。
管理権限を通して。
嫌になるほど。
これは。
普通の魔術災害じゃない。
結界塔。
空間層。
記録基盤。
全部が連動して崩れている。
つまり。
対処法も分かる。
世界改変。
管理権限の深層制御。
記録層を書き換える。
それだけで。
終わる。
たぶん。
一瞬で。
でも。
「……」
悠は動けなかった。
怖かった。
非常に。
使えば。
終わる。
でも。
同時に。
終わってしまうものもある。
正体。
隠してきたもの。
管理者権限。
人間じゃないほどの力。
それが。
露見する。
胸が重くなる。
頭に浮かぶ。
王城会議。
ガイルの声。
――力は国家資産だ。
資産。
利用。
管理。
監視。
思い出す。
貴族たちの視線。
謁見の空気。
学院での噂。
そして。
もし。
この力が知られたら。
もっと。
現実になる。
監視。
利用。
崇拝。
全部。
(……嫌だ……)
静かに思う。
怖い。
また。
人と距離ができる。
普通でいられなくなる。
村みたいには。
いかない。
その時。
遠く。
空間が軋んだ。
――ギィ……。
耳障りな音。
王都北側。
景色そのものが少し捻れる。
建物の輪郭が揺らぎ。
空気が裂ける。
リアが息を呑んだ。
「……なに……あれ……」
レオンも顔を険しくする。
「空間歪曲か」
セレスティアは即座に周囲へ指示を飛ばしていた。
「避難誘導を!」
「北区画封鎖!」
騎士たちが動く。
統率。
迅速。
でも。
追いついていない。
被害が早い。
悠には見えていた。
視界の警告。
崩壊予測:進行
第一層固定率低下
局所空間破断接近
(……あと……)
時間。
長くない。
助けられる。
本当に。
今なら。
でも。
手が動かない。
怖い。
使った後が。
怖かった。
フィオが袖を掴いた。
震えている。
「……ユウ……」
「……」
「……空……怖い……」
小さな声。
深層の影響。
彼女には余計に刺さる。
悠は返事ができなかった。
守りたい。
そう思う。
でも。
同時に。
隠したい。
相反する感情が胸を締めつける。
その時だった。
セレスティアが。
こちらを見た。
白銀の騎士。
彼女は。
少し前から。
悠を見ていた。
戦況ではなく。
彼自身を。
「……ユウ殿」
「……」
声は静かだった。
「何か知っていますか?」
問い。
責める声ではない。
確認。
悠は少し息を詰めた。
「……」
答えられない。
でも。
沈黙だけで。
十分だった。
セレスティアは理解する。
この少年は。
知っている。
そして。
迷っている。
その顔。
恐怖。
葛藤。
見覚えがあった。
戦場で。
初陣の兵士が見せる顔。
違うのは。
彼が恐れているのが。
敵ではないこと。
(……この人は……)
セレスティアは静かに思う。
危険存在。
そう聞かされていた。
国家級戦力。
監視対象。
だが。
目の前にいるのは。
怯えている少年だった。
人を傷つけたい者の顔ではない。
むしろ。
逆。
何かを守りたくて。
でも。
その結果を恐れている顔。
彼女の中で。
少しずつ。
認識が変わり始めていた。
その瞬間。
空。
結界が。
大きく軋んだ。
――バキンッ!
嫌な音。
全員が顔を上げる。
王都上空。
巨大結界。
ついに。
大きな亀裂が走っていた。
「……っ!」
リアが息を呑む。
街のあちこちで悲鳴。
そして。
遠方。
北区画。
塔。
そこから。
巨大な光が崩れ落ちる。
結界支柱。
限界。
悠の視界。
赤。
警告。
生命危険域接近
王都崩壊率上昇
緊急介入推奨
推奨。
つまり。
もう。
猶予がない。
風が吹いた。
冷たい。
空が軋む。
街が揺れる。
悠は拳を握った。
使えば終わる。
でも。
使わなければ。
もっと終わる。
答えを出せないまま。
王都崩壊は。
すぐそこまで迫っていた。




