第36話 『崩れる結界』
王都上空。
魔導結界が。
一瞬。
揺れた。
「……っ」
地下通路。
悠は反射的に空を見上げた。
見えないはずなのに。
分かる。
何かがおかしい。
視界端。
赤い文字列が明滅していた。
王都結界異常検知
安定率低下
記録層干渉増大
カサンドラが険しい声を出す。
「……結界?」
次の瞬間。
――ドンッ!
重い振動。
地下全体が揺れた。
壁から砂が落ちる。
悲鳴。
遠く。
地上から聞こえてくる。
レオンが即座に剣へ手を掛けた。
「上だ!」
「……!」
空気が変わった。
嫌な予感ではない。
もう。
危機だった。
階段を駆け上がる。
地下から地上へ。
王都夜景。
……のはずだった。
だが。
「……え……」
リアが息を呑む。
空。
王都を覆っていた巨大結界が。
揺れていた。
光の膜。
本来なら滑らかに街を守る魔導障壁。
それが。
まるで硝子に亀裂が入ったように。
歪んでいる。
そして。
遠方。
北区画。
巨大な光柱。
爆発。
煙。
「結界塔……!」
カサンドラが顔色を変えた。
結界塔。
王都全域を維持する魔導設備。
複数存在する中枢。
その一つが。
襲撃されている。
街が騒然となった。
「何だ!?」
「逃げろ!」
「結界が!」
馬車が止まる。
人が走る。
混乱。
夜の王都が。
一瞬で崩れ始めていた。
悠の視界。
警告が増える。
深層干渉確認
外部侵食反応
空間安定率低下
(……深層……)
来た。
深層界。
エルドで感じたもの。
でも。
規模が違う。
圧倒的に。
その時。
セレスティアが現れた。
白銀鎧。
夜風を切って駆けてくる。
「ユウ殿!」
「……セレスティア……!」
彼女は息を整えながら告げる。
「王城より緊急通達です」
「結界塔群が同時襲撃を受けています」
「……同時……?」
レオンが低く唸る。
「計画犯か」
セレスティアは頷く。
「深層系魔術使用確認」
「王都騎士団が応戦中ですが」
言葉が少し重くなる。
「敵勢力の詳細は不明」
テロ。
その言葉が頭をよぎる。
狙いは明白だった。
結界。
王都防衛そのもの。
空がまた揺れた。
――バキッ。
嫌な音。
視線が上がる。
結界表面。
光の亀裂が。
増えている。
「……っ」
フィオが肩を震わせた。
空気が不安定だった。
深層の気配。
感情をざわつかせる。
悠は彼女を見る。
「……フィオ……」
「……怖い……」
小さな声。
無理もない。
深層遺物。
暴走。
記憶。
全部繋がっている。
その時だった。
遠方。
北区画から。
別の光が立ち上がった。
蒼白。
幾何学紋。
巨大魔術陣。
「……あれ……」
リアが呟く。
セレスティアが即答した。
「結界術式です」
「再構築を試みている……!」
崩壊を止めようとしている。
誰かが。
あの中心で。
無理やり支えている。
場面は変わる。
北区画。
第一結界塔。
そこは。
戦場だった。
塔周囲は半壊。
石壁崩落。
炎。
倒れた術師たち。
魔導設備から火花が散っている。
そして。
中央。
一人の少女が立っていた。
淡青色の髪。
研究者用ローブ。
若い。
まだ十代後半ほど。
でも。
瞳だけは真剣だった。
「……まだ……!」
彼女の名は。
シエル・アストラ。
王都結界研究院所属。
若き結界術師。
天才。
真面目。
そして。
責任感が強すぎる。
彼女の周囲には。
無数の魔法陣。
術式が高速回転している。
壊れた結界塔。
その残骸を。
たった一人で繋ぎ止めていた。
「固定率……七十二……!」
助手が叫ぶ。
「持ちません!」
「持たせます!」
即答。
シエルは歯を食いしばった。
額に汗。
魔力消耗。
限界は近い。
でも。
止められない。
止めれば。
王都が開く。
深層侵食が流れ込む。
空間ごと。
崩れる。
彼女は術式を書き換える。
「補助陣展開!」
「第二支柱接続!」
その瞬間。
背後。
影。
黒衣。
深層紋。
襲撃者。
「……!」
気づいた時には遅かった。
闇色の魔術。
槍のような衝撃。
シエルは反射的に防壁を張る。
だが。
結界維持中。
出力不足。
――轟!
爆発。
塔が揺れる。
助手たちが吹き飛ばされた。
シエルも。
地面へ叩きつけられる。
「……っ……!」
血。
肩。
術式が乱れる。
空。
王都結界。
大きく。
歪んだ。
そして。
その瞬間。
王都全域で。
空間が軋んだ。
街角。
建物。
空気。
景色が僅かに捻れる。
人々の悲鳴。
「空が……!」
「結界が崩れる!」
悠の視界。
警告。
危険域到達
王都空間安定率:低下
崩壊進行中
そして。
最後の通知。
結界中枢術師損傷確認
個体識別:シエル・アストラ
生命反応:低下
悠は。
息を止めた。
誰かが。
傷ついている。
そして。
王都は。
本当に。
崩れ始めていた。




