第35話 『王都の影』
王都生活は。
少しずつ。
形になり始めていた。
――少しだけ。
学院。
寮。
王城監視。
慣れたわけではない。
全然。
でも。
初日ほど呼吸困難ではない。
それは事実だった。
朝。
学院廊下。
「おはよう、ユウ」
アルト。
「……おはよう……」
返事。
できた。
小進歩である。
アルトは自然に隣を歩く。
「今日は魔導史だったね」
「……うん……」
「寝ないように頑張ろう」
「……寝る……?」
「先生が穏やかでね」
主席なのに失礼だった。
でも。
少し面白かった。
教室では。
まだ視線はある。
転入生。
王城案件。
無口。
噂は消えていない。
それでも。
以前ほど刺さらない。
隣にアルトがいる。
それだけで。
空気が少し柔らかかった。
学院帰り。
王都中央区。
悠はリアたちと合流していた。
リアは商会仕事。
レオンは護衛依頼。
それぞれ忙しい。
フィオも。
王都保護施設への仮登録が進んでいた。
……表向きは。
順調。
でも。
「……」
悠は歩きながら。
隣を見る。
フィオ。
小柄な少女は。
今日は少し静かだった。
「……フィオ……?」
呼ぶ。
彼女は小さく顔を上げた。
「……ん」
「……大丈夫……?」
少し迷って。
フィオは頷く。
「……平気……」
でも。
声が弱い。
悠は気づいていた。
最近。
時々こうなる。
ぼんやり遠くを見る。
落ち着かない。
胸元の遺物封印具を無意識に触る。
不安定。
深層遺物事件以来。
完全には消えていない。
リアも心配そうだった。
「無理しないでね?」
「……うん……」
笑う。
でも。
少し無理している笑顔だった。
夕方。
寮へ戻った後。
悠は窓際に座っていた。
王都の夜景。
魔導灯が街を照らしている。
綺麗だった。
村とは違う。
静けさはない。
でも。
悪くない景色。
その時。
視界端。
淡い文字が揺れた。
深層反応検知
記録層干渉:微弱
位置照合開始
「……?」
悠は眉を寄せた。
久しぶりだった。
管理権限。
しかも。
深層反応。
胸が少し冷える。
以前。
エルドで見た。
あの感覚。
世界の裏側が軋むような違和感。
「親?」
ノクスが肩へ飛んでくる。
「親……変……?」
「……少し……」
反応は。
地下方向。
王都下層。
しかも。
動いている。
悠は窓の外を見た。
(……何……?)
その時。
扉が叩かれた。
こんこん。
「ユウ?」
リアだった。
開ける。
彼女は少し困った顔。
「……カサンドラさん来てる」
「……?」
一階。
宿の談話室。
カサンドラが立っていた。
銀級受付嬢。
相変わらず隙がない。
だが。
今日は少し表情が硬い。
「急で申し訳ありません」
「……何か……?」
「ええ」
カサンドラは周囲を確認した。
「非公式の相談です」
非公式。
嫌な予感。
「王都地下で違法遺物取引が確認されています」
「……!」
悠は少し目を見開く。
深層。
繋がった。
カサンドラは続ける。
「通常なら王都警備案件です」
「ですが」
「扱われている品に……深層系統の可能性がある」
空気が少し冷える。
フィオが反応した。
肩が僅かに震える。
「……深層……」
カサンドラは彼女を見る。
「無理にとは言いません」
「ですが」
「エルド事件関係者として、情報照合をお願いしたいのです」
悠は黙る。
本音。
危険。
地下。
違法。
怖い。
非常に。
でも。
管理権限が。
もう反応している。
そして。
フィオ。
彼女の不安そうな顔。
見過ごせなかった。
レオンが腕を組む。
「まぁ、放っとくのも気持ち悪いな」
リアも頷く。
「私も行くよ」
悠は少し視線を落とす。
(……また……巻き込まれてる……)
最近多い。
でも。
完全に嫌ではない自分もいた。
深夜。
王都地下区画。
石造りの階段。
薄暗い灯り。
湿った空気。
地上の華やかさとは別世界だった。
人影。
密談。
怪しい店。
異世界らしい裏社会。
悠は少し肩を縮める。
(……怖い……)
人も怖い。
地下も怖い。
全部怖い。
ノクスは小声だった。
「親……じめじめ……」
「……静かに……」
カサンドラ先導。
レオン警戒。
リアとフィオも続く。
そして。
悠だけが。
違うものを感じていた。
深層反応。
近い。
かなり。
視界に文字列。
干渉率上昇
記録汚染微弱確認
発生源追跡中
(……下……?)
嫌な予感。
胸がざわつく。
その時だった。
――ぞわり。
空気が揺れた。
悠は足を止める。
「……!」
同時。
王都全域。
遠くで。
低い音が響いた。
ごう――と。
何か巨大なものが震えるような。
次の瞬間。
空。
いや。
王都上空。
夜を覆う魔導結界が。
一瞬。
明滅した。
カサンドラが顔を上げる。
「……何?」
レオンの顔も険しくなる。
悠の視界。
赤い警告。
王都結界異常検知
記録層安定率低下
地下の闇が。
静かに。
動き始めていた。




