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アルカディア・レコード ― 世界最強なのに、人と話せません ―  作者: 南蛇井


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第34話 『隣の天才』

 教室前。


 人生の危機。


 ――と。


 悠は思っていた。


 実際。


 かなり危機だった。


 扉の向こうから聞こえる声。


 笑い。


 机の動く音。


 人。


 大量。


(……帰りたい……)


 心の中では既に三回くらい帰っている。


 だが。


 現実は残酷だった。


 教員は普通に扉を開けた。


「失礼します」


 視線。


 一斉。


「――」


 終わった。


 悠は内心で静かに死んだ。


 教室。


 広い。


 階段式。


 三十人ほど。


 制服姿の学生たち。


 貴族らしい上品な者。


 平民出身らしい気さくな者。


 魔力の気配も様々だった。


 そして。


 全員。


 新入りを見る目をしている。


「転入生?」


「例の?」


「王城案件って聞いた」


 ひそひそ声。


 やめてほしい。


 非常に。


 教員が前へ進む。


「皆さん、静かに」


 教室が落ち着く。


「本日より編入となるユウ君です」


 紹介。


 来た。


 最大イベント。


「自己紹介を」


 終わった。


 完全に。


 悠は前へ出る。


 足が重い。


 喉が乾く。


 視線。


 多い。


 非常に。


 教室後方では。


 何人か興味深そうに見ている。


 貴族男子。


 魔術研究系らしい女子。


 好奇心。


 警戒。


 色々ある。


 そして。


 沈黙。


 長い。


 教員が少し困った顔になる。


 学生たちも待っている。


(……喋る……)


 必要。


 分かっている。


 だが。


 言葉が出ない。


「……」


 数秒。


 十秒。


 長い。


 非常に。


 教室が少しざわついた。


「緊張?」


「無口?」


「……高圧的?」


 違う。


 ただ。


 死にそうなだけである。


 悠は必死に喉を動かした。


「……ゆ……悠……です……」


 以上だった。


 短い。


 圧倒的に。


 沈黙。


 教室。


 一瞬停止。


 そして。


「……終わり?」


 小声。


(終わりです……)


 内心ではそう答えた。


 教員は咳払いした。


「えー……では席へ」


 助かった。


 悠は心からそう思った。


 案内された席。


 窓側。


 後方。


 そして。


 隣に。


 一人の男子生徒が座っていた。


 銀灰色の髪。


 整った顔立ち。


 柔らかな雰囲気。


 制服も綺麗に着こなしている。


 貴族らしい上品さ。


 でも。


 嫌な圧がない。


 彼は悠を見ると。


 自然に微笑んだ。


「よろしく」


 唐突だった。


 でも。


 押しつけがましくない。


 悠は少し固まる。


「……ぁ……」


 また停止。


 だが。


 相手は気にした様子もなかった。


「僕はアルト」


 穏やかな声。


「アルト・ルクセイン」


「……」


「隣だね」


 普通だった。


 本当に。


 普通。


 悠は少し驚く。


 もっとこう。


 転入生への質問とか。


 探る感じとか。


 そういうのを想像していた。


 でも。


 アルトは違った。


 ただ。


 自然に話しかけている。


 まるで。


 悠の沈黙が珍しくもないみたいに。


 授業が始まる。


 魔術理論。


 教師が黒板へ術式を書いていく。


 悠は一応聞いていた。


 ……聞いていたが。


 半分くらいは。


 まだ精神回復中だった。


 その横。


 アルトは静かにノートを取っている。


 綺麗な字。


 無駄のない記録。


 そして。


 理解が速い。


 教師の質問。


「この理論式の欠点は?」


 何人かが悩む。


 アルトは自然に手を上げた。


「術式固定率です」


「環境変数に弱い」


 即答。


 教師が頷く。


「正解」


 教室が少しざわつく。


「さすが主席」


「また一番」


 主席。


 その単語で。


 悠は少し反応した。


(……主席……?)


 天才だった。


 なるほど。


 でも。


 本人は気負っていない。


 授業中も。


 周囲を見ている。


 理解していない生徒。


 困っている生徒。


 そういうものに気づいている感じだった。


 休憩時間。


 教室が騒がしくなる。


 悠は静かに存在感を消そうとしていた。


 すると。


 隣から声。


「疲れた?」


 アルトだった。


「……」


 図星。


 悠は少し迷って。


 小さく頷く。


「……少し……」


「少しなんだ」


「……かなり……」


 訂正。


 アルトは小さく笑った。


「分かるよ」


「……?」


「転入初日って大変だから」


 共感。


 押しつけじゃない。


 自然だった。


 悠は少し不思議になる。


 この人。


 話しやすい。


 レオンとも似ている。


 でも違う。


 レオンは豪快。


 アルトは静か。


 知的。


 相手の呼吸を読む感じ。


 アルトは机へ頬杖をつく。


「皆、ちょっと騒がしいだろ」


「……うん……」


「慣れるまで大変かもね」


 その言葉に。


 悠は少し驚いた。


 普通なら。


 「頑張れ」とか。


 「すぐ慣れる」とか。


 そう言いそうなのに。


 アルトは。


 無理に前向きにしない。


 現実を見た上で話している。


 それが。


 妙に楽だった。


「……」


 悠は小さく言った。


「……話しやすい……」


 ぽつり。


 自分でも驚くほど自然に出た。


 アルトは少し目を丸くした。


「おや」


「……?」


「初評価を貰った気がする」


 少し楽しそうだった。


 悠は慌てて視線を逸らす。


 でも。


 嫌ではない。


 アルトは柔らかく笑う。


「光栄だな」


 窓から風が入る。


 教室の喧騒。


 昼の光。


 学院。


 まだ怖い。


 人も多い。


 疲れる。


 でも。


 少しだけ。


 息がしやすかった。


 その日。


 悠の学院生活が。


 静かに始まった。

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