第4話 『共鳴値ゼロ』
光の奔流が、ようやく静まった。
無数に流れていたログは整理され、白い空間――アーカイブの中央に一枚の大きな表示が浮かび上がる。
悠はそれを見上げた。
まだ頭が追いついていない。
死んだ。
世界の手違いだった。
その補填で転生。
しかも、何だかよく分からない大量の権限付き。
情報量が多すぎて、感情が処理落ちしている。
「転生準備を開始します」
イヴの声が響いた。
事務処理は止まらないらしい。
彼女が指を動かすと、空間に新しいウィンドウが展開した。
今度は、見覚えのある形式だった。
半透明の情報画面。
ゲームのステータス画面みたいな表示。
悠は少し目を見開く。
(……おお)
さすがに、少しだけテンションが上がった。
転生。
能力。
異世界。
そういうものに全く興味がなかったわけじゃない。
むしろ、ネット小説くらいは読んでいた。
だから理解できる。
これはたぶん。
ステータス確認イベントだ。
画面には次々と項目が並んでいく。
個体名:真白 悠
記録保護:適用
属性適性:全対応
成長制限:解除
収納領域:接続済
管理権限:仮承認
「……」
正直。
意味は半分も分からない。
でも、すごそうではある。
特に「全対応」とか「解除」とか、いかにも強そうな単語が並んでいた。
(……これ、かなり……)
そう思った時だった。
イヴの動きが止まった。
「……?」
さっきまで迷いなく処理を進めていた彼女が、初めて沈黙する。
視線が一点に固定されていた。
無表情。
だが、何かが違う。
悠もつられて表示を見る。
そこには新しい項目が浮かんでいた。
共鳴値:0.3
存在同期:低下
空気が変わった。
アーカイブは音のない場所なのに、急に静かになった気がした。
「……え?」
悠は画面を見返す。
ゼロ点三。
何の数字だ。
イヴは数秒黙ったまま、ログを確認している。
やがて。
「異常値を確認」
静かな声だった。
「共鳴値、著しく低下」
「……それって」
「説明します」
イヴは視線を画面へ戻した。
周囲に光の図式が広がる。
円と線。
人影のような記号。
何かの概念図らしい。
「アルカディアにおいて、存在は単独で固定されません」
「……?」
「共鳴によって維持されます」
悠は少し眉を寄せる。
イヴは続けた。
「共鳴値とは、世界および他者との接続強度を示す指標です」
図が変化する。
複数の光点が線で繋がる。
「人間関係」
「社会的認識」
「感情交流」
「記録共有」
光の線は、繋がるほど強くなっていく。
「アルカディアでは、これらが存在安定に影響します」
イヴの声は淡々としていた。
「一般個体平均値は20〜80」
数字が浮かぶ。
「高名な人物、王族、英雄は100以上」
「……」
「強い繋がりを持つほど、世界からの認識は安定します」
悠は黙って聞いていた。
少しずつ。
話の意味が分かってくる。
イヴは表示を切り替える。
そこにあるのは。
真白 悠
共鳴値:0.3
たったそれだけ。
「……低いんですか」
「異常値です」
即答だった。
「通常記録では観測されません」
悠は画面を見つめた。
ゼロ点三。
平均二十以上。
英雄百。
そして自分。
〇・三。
妙に現実味のある数字だった。
世界との接続。
他者との繋がり。
認識。
そういう話なら。
少し、分かってしまう。
「つまり……」
悠はゆっくり言った。
「俺……世界に認識されにくい……ってことですか」
「概ね正解です」
イヴは頷く。
「世界側の認識が弱い状態」
「存在固定不安定」
「記録定着率低下」
難しい単語が並ぶ。
けれど要するに。
この世界は、自分をちゃんと存在として掴めない。
そういうことらしい。
悠は小さく息を吐いた。
不思議だった。
ショックというより。
妙な納得が先に来た。
「……そんなの」
視線を落とす。
白い空間に自分の声が滲む。
「……元の俺みたいだ」
ぽつりと零れた。
部屋に閉じこもっていた日々。
連絡が減って。
人間関係が遠くなって。
誰にも必要とされていないような感覚。
見えていても、いないみたいな。
そんな空気。
イヴは何も言わなかった。
ただ静かにこちらを見ている。
「本来、転生は不可能です」
「……え?」
悠は顔を上げた。
「この共鳴値では、存在同期に失敗します」
表示が更新される。
転生適性:基準外
存在定着:失敗予測
「……」
「しかし」
今度は別のログが重なった。
管理権限:補正中
「管理権限が強制補正を実行しています」
悠は瞬きをした。
つまり。
転生できるのは。
強いからじゃない。
管理側の無理やりな補正があるから。
「……」
胸の奥が少し重くなる。
さっきまでのチート感が、少し違って見えた。
全属性。
無限成長。
管理権限。
確かに強そうだ。
でも。
土台そのものが不安定。
高性能な建物を、崩れかけた地面に建てているようなものだった。
イヴは静かに告げる。
「強さだけでは存在維持不能」
その言葉が。
妙に重く響いた。
「……」
悠は返せない。
反論したくても。
どこかで理解していた。
強ければ全部解決するなら。
昔の自分だって、もっと楽だったはずだから。
沈黙が落ちる。
イヴは少しだけ視線を下げた。
その無表情は相変わらずだ。
でも。
ほんの少しだけ。
声の温度が変わった気がした。
「あなたは」
彼女は静かに言った。
「一人では長く存在できません」
「……」
悠は微かに顔をしかめた。
少し傷つく。
さすがに。
死後まで「ぼっち判定」を受けるとは思わなかった。
でも。
否定できなかった。
むしろ。
嫌になるくらい心当たりがある。
「……そうですか」
それだけ言う。
イヴは彼を見ていた。
そして。
再び空間を操作する。
周囲の光がゆっくり動き始めた。
転送処理準備
世界接続開始
白い空間が揺らぐ。
遠くで、世界そのものが呼吸するような音がした。
イヴの声が響く。
「転送を開始します」
光が、悠の足元から立ち上る。
世界が、開き始めた。




