第3話 『手違い』
光が広がった。
白い空間――アーカイブの一角が、まるで巨大なスクリーンのように変質していく。
無数の文字列。
幾何学模様。
重なる光。
その中心に、一本の線が浮かび上がった。
悠は息を呑む。
線は、枝分かれする木のようだった。
細く、複雑で、果てが見えない。
「……これ」
「個体記録です」
隣でイヴが答える。
「対象:真白悠。人生記録照会」
次の瞬間。
景色が流れ始めた。
幼い頃の記憶。
公園。
小学校の教室。
給食の匂い。
運動会。
母親の声。
知らない間に忘れていた断片まで、鮮明に映し出されていく。
「……っ」
悠は思わず目を見開いた。
動画とも違う。
記憶そのものだった。
感覚まで蘇る。
懐かしさと、居心地の悪さが混ざる。
画面は止まらない。
中学。
教室。
笑い声。
話しかけるタイミングを逃した記憶。
高校。
少しずつ人間関係が薄れていく感覚。
返信できなかったメッセージ。
閉じたカーテン。
深夜の部屋。
そして。
最後。
交差点。
白い光。
ブレーキ音。
映像が停止した。
空間に新しい文字が浮かぶ。
死亡記録確認
原因照合中
悠は無意識に息を止めていた。
死んだ。
その事実は理解した。
でも、原因までは見えていなかった。
事故。
そう思っていた。
けれど。
表示が変わる。
記録誤差検出
死亡要因不一致
「……え?」
悠は瞬きをした。
イヴは静かにログを見上げている。
感情は読めない。
やがて、彼女は事務的な口調で言った。
「対象死亡は交通事故ではありません」
「……?」
「記録障害による誤差死亡です」
理解が追いつかない。
「……誤差?」
「はい」
イヴは頷く。
周囲にいくつもの記録ウィンドウが展開した。
見ても意味は分からない。
だが、赤い表示が混じっていることだけは分かった。
管理記録競合
因果照合失敗
死亡判定早期確定
「……」
「本来、対象は当該時点で死亡予定ではありませんでした」
悠はしばらく言葉を失った。
つまり。
事故死ではなく。
世界の――何かのミス?
イヴは淡々と続ける。
「管理側責任を確認」
ぺこり、と。
ほんの僅かに頭を下げた。
「謝罪します」
「……」
悠はその様子を見て。
(役所だ……)
と思った。
ものすごく重大なことを言われているはずなのに。
対応だけ妙に窓口業務っぽい。
感情より手続きが先にある。
変な現実感があった。
「……その……」
悠は恐る恐る口を開く。
「俺……死ぬ予定じゃなかったんですか」
「はい」
即答。
「管理障害による異常処理です」
「……」
責任認めるの早いな。
そんな感想が浮かぶ。
怒るべきなのか。
混乱するべきなのか。
自分でも分からない。
ただ。
理不尽だったのは、自分のせいではなかったらしい。
その事実だけが、妙に胸に残った。
イヴは再び空間を操作した。
新しいログが展開する。
補填処理候補表示
「通常対応を説明します」
イヴの声は変わらず淡々としていた。
「誤差死亡発生時、管理側は補填措置を実施します」
「……補填」
「転生許可」
ログが一つ点灯。
「加護付与」
もう一つ。
「記録保護」
「……」
いわゆる。
転生特典、みたいなものだろうか。
悠はまだ半信半疑だった。
しかし。
イヴはそこで少し視線を動かした。
「……ですが」
周囲のログが赤く点滅する。
記録障害継続
権限競合
補填基準再計算
「管理障害が継続しています」
「……?」
「補填処理に権限衝突を確認」
その瞬間。
空間全体が明滅した。
大量の文字列が奔流のように走る。
悠は思わず目を細める。
ログが、増えている。
いや。
増えすぎていた。
イヴは無表情のまま言う。
「補填処理実行」
光が弾けた。
全属性適性付与
成長制限解除
超位収納領域開放
記録保護強化
管理権限接続
多重補填適用
因果保険付与
追加処理実行中……
「……え?」
悠は固まった。
表示が止まらない。
次々増えていく。
理解が追いつかない。
全属性?
成長制限解除?
管理権限?
何それ。
いや待って。
待ってほしい。
(待って多くない?)
さすがにおかしい。
補填というより、盛りすぎだ。
ゲームの配布アイテム欄がバグっている時みたいな勢いだった。
悠は慌ててイヴを見る。
「……あの」
「処理継続中」
「いや、これ……」
「正常です」
「正常……?」
本当に?
本当に正常?
ログはまだ流れていた。
無限成長適用
上位記録閲覧権限
深層接続準備
怖い。
ちょっと怖い。
チートとかそういう問題じゃない気がする。
イヴはログを見ながら、ふと動きを止めた。
視線が悠へ向く。
観察するような瞳。
「……?」
「通常対象は高揚反応を示します」
「……」
「歓喜、欲求増大、権能期待」
言われて。
悠は少し困った。
嬉しくないわけじゃない。
でも。
先に不安が来た。
「……こんなに貰って……大丈夫なんですか」
思わずそう聞いていた。
空間が静まる。
イヴは数秒、何も言わなかった。
無表情のまま。
だが。
初めて、その沈黙に“考えている”気配があった。
「……」
悠は少し後悔する。
変なこと聞いたかもしれない。
普通なら喜ぶ場面なのかもしれない。
でも、あまりにも規模が分からなかった。
イヴはやがて、小さく呟く。
「記録修正」
そして。
ほんの僅かに、首を傾げた。
「……あなたは、奇妙です」




