第32話 『監視対象』
謁見終了後。
悠は。
疲れていた。
非常に。
王城の廊下。
壁際。
「……」
まだ少し魂が戻ってきていない。
王。
貴族。
視線。
礼法。
全部終わった。
……と思っていた。
だが。
「ユウ殿」
終わっていなかった。
セレスティアだった。
白銀騎士はいつも通り落ち着いている。
「次の会談へご案内します」
「……次……?」
嫌な単語だった。
「はい」
「王都滞在および保護体制に関する協議です」
「……」
悠。
静止。
(……まだ……ある……?)
あるらしい。
王都は連戦型ダンジョンだった。
リアは苦笑していた。
「ユウ、頑張って」
「……他人事……」
「今回は本当に他人事だからね?」
ひどい。
レオンはもっとひどかった。
「生きろ」
「……軽い……」
「死にはしねぇよ」
精神は危ない。
数十分後。
会議室。
これがまた。
怖かった。
広い。
静か。
長机。
重厚な椅子。
窓から見える王都。
そして。
人。
何人か既に座っていた。
官僚。
騎士。
貴族。
空気が硬い。
悠は入口で少し固まった。
(……会議……)
ラスボスだ。
セレスティアが隣で小さく告げる。
「大丈夫です」
「……」
根拠がほしい。
その時。
一人の男が立ち上がった。
年齢は四十代半ばほど。
濃紺の軍服。
整えられた黒髪。
鋭い目。
背筋は剣みたいに真っ直ぐだった。
貴族らしい上品さ。
でも。
騎士というより。
軍人。
そんな印象。
「初対面だな」
低い声。
「私はガイル・ローディア」
男は一礼した。
「王国軍務議会所属だ」
「……」
悠も慌てて頭を下げる。
「……ゆ……悠……です……」
ガイルは静かに観察していた。
事前報告は読んでいる。
エルド事件。
異常魔術。
王都召喚。
噂。
危険性。
資料上では。
国家級戦力候補。
しかし。
実物は。
少し青い。
そして。
緊張している。
(……妙だな)
ガイルはそう思った。
だが。
感想と判断は別だ。
会談が始まる。
悠は席に座った。
居心地が悪い。
非常に。
机を挟んで。
王国側。
こちら側。
完全に面接だった。
いや。
もっと怖い。
「では始めよう」
ガイルが口火を切った。
「本件の焦点は三つだ」
指を折る。
「保護」
「監視」
「運用」
最後。
嫌な単語だった。
悠は少し視線を下げる。
別の官僚が説明する。
「ユウ殿は現在、深層遺物事件関係者であり」
「高位魔術適性保持者と推定されています」
「そのため王都滞在下での保護が望ましい」
保護。
言葉は優しい。
でも。
少しだけ。
檻にも聞こえる。
別の貴族。
「監視も必要でしょう」
「力の規模が不明です」
「……」
悠は小さく息を飲んだ。
怖い。
やはり。
そういう話になる。
会議は続く。
「敵対意図は確認されておりません」
「しかし事例不足」
「行動記録も限定的」
記録。
分析。
評価。
自分の話なのに。
自分の話ではないみたいだった。
(……帰りたい……)
静かに思う。
その時。
ガイルが組んだ指を机へ置いた。
「率直に言おう」
視線。
真っ直ぐ。
「力は国家資産だ」
会議室が静まる。
悠は少し固まった。
「……資産……?」
小さく聞き返す。
ガイルは頷いた。
「そうだ」
「国家を守る力」
「脅威へ対抗する力」
「それは個人の問題で終わらない」
合理的な声だった。
「私は感情論を好まん」
「君が善人か悪人かも本質ではない」
「重要なのは」
静かに。
重く。
「その力が、世界へ何をもたらすかだ」
「……」
悠は言葉を失った。
資産。
国家。
利用。
頭の中で繋がる。
(……俺……物……?)
少しだけ。
胸が重くなった。
ガイルは敵意を向けていない。
それは分かる。
怒っているわけでもない。
脅しているわけでもない。
むしろ。
誠実なのだろう。
ただ。
合理的すぎる。
だから。
怖かった。
その空気を。
セレスティアは静かに見ていた。
彼女も同席している。
護衛兼監視役。
そして。
観察者。
ガイルの論理は理解できる。
軍務議会らしい。
だが。
彼女が見ている悠は。
少し違った。
会議開始から。
ほとんど発言なし。
手は静かに握られている。
肩も僅かに硬い。
そして。
野心。
それが見えない。
権力欲。
名誉欲。
交渉意図。
普通なら何かある。
でも。
この少年には。
ない。
あるのは。
(……帰りたそうですね……)
セレスティアは少し困惑していた。
本当に。
帰りたいらしい。
それが演技なら。
逆に天才である。
会談は続く。
最終的な結論は。
比較的穏当だった。
「王都滞在」
「一定監督下」
「行動自由は維持」
「学院所属案を検討」
学院。
その単語で。
悠は少し反応した。
(……学院……?)
嫌な予感。
非常に。
ガイルが立ち上がる。
「本日は以上だ」
そして。
去り際。
一度だけ。
悠を見る。
「誤解するな」
低い声。
「私は君を敵視していない」
「……」
「強い力は、正しく扱えば国を守る」
それだけ言って。
ガイルは退出した。
静寂。
会議終了。
悠はしばらく席で固まっていた。
疲労。
精神。
限界気味。
セレスティアが近づく。
「お疲れ様でした」
「……」
「本日の結論ですが」
少し間を置き。
静かに告げた。
「ユウ殿の王都滞在が正式決定しました」
決定。
つまり。
しばらく帰れない。
悠は静かに窓の外を見た。
広い王都。
知らない世界。
知らない人。
そして。
監視。
(……やっぱり……)
王都は。
怖い場所だった。




