第31話 『謁見難易度SSS』
王城は。
近くで見ると。
さらに大きかった。
「……」
悠は馬車の窓から見上げる。
白亜の外壁。
高塔。
幾重にも連なる城壁。
青空を切り取るような巨大建築。
王都中央。
世界の中心です、と主張しているような存在感だった。
(……でかい……)
第29話と同じ感想だった。
語彙は消失している。
馬車が城門を通過する。
衛兵。
騎士。
整えられた庭園。
噴水。
魔導灯。
全部が綺麗だった。
綺麗すぎて。
逆に落ち着かない。
悠は静かに緊張していた。
いや。
かなり緊張していた。
案内役のセレスティアは落ち着いている。
「こちらです」
「……」
返事が小さい。
彼女は気にした様子もなく歩く。
王城内部。
赤い絨毯。
高い天井。
巨大な柱。
壁には王国史らしき壁画。
兵士だけでなく。
使用人や貴族らしい人々も行き交っていた。
そして。
全員。
身なりがいい。
(……場違い……)
悠は真面目にそう思った。
服は整えている。
レオンが無理やり新調させた。
でも。
中身は変わらない。
ただの元引きこもりである。
ノクスは現在。
騒動回避のため小型化して肩に乗っていた。
「親……きらきら……」
「……静かに……」
「親……緊張……?」
「……してない……」
している。
非常に。
セレスティアは一室へ案内した。
「謁見前控室です」
中には既に数人。
侍従。
礼法担当らしき男性。
そして。
空気。
なんだか緊張感がある。
嫌な予感がした。
そして。
当たった。
「では説明いたします」
礼法担当。
笑顔。
怖い。
「王陛下への拝謁作法ですが――」
そこから。
地獄が始まった。
「まず入室後三歩進み」
「指定位置で停止」
「礼はこの角度」
「発言許可後のみ応答」
「敬称は――」
「退出時は――」
「――」
「――」
情報量。
多い。
悠の脳が悲鳴を上げる。
(……無理……)
村。
街。
王都。
難易度が跳ね上がっている。
レオンは壁際で面白そうに眺めていた。
「頑張れ」
「……他人事……」
「他人事だからな」
リアは苦笑している。
「ユウ、顔色すごいよ?」
「……普通……」
「普通じゃないかなぁ」
セレスティアは説明を聞きながら。
横目で悠を観察していた。
資料上の危険人物。
しかし。
現実は。
礼法説明だけで少し青くなっている少年。
(……本当に……)
まだ結論は出せない。
だが。
少なくとも。
演技には見えなかった。
そして。
時間は来た。
「謁見の間へご案内します」
終わった。
悠は内心でそう思った。
長い廊下を進む。
赤絨毯。
騎士列。
重厚な扉。
近づくほど。
鼓動が速くなる。
そして。
扉が開いた。
光。
広い。
まずそれだった。
謁見の間は。
広すぎた。
高天井。
巨大な柱。
左右に並ぶ貴族たち。
煌びやかな服。
視線。
無数。
そして。
最奥。
階段上。
王座。
そこに。
一人の男が座っていた。
王。
まだ距離はある。
でも。
空気だけで分かった。
(……王様……)
逃げたい。
非常に。
セレスティアが小声で促す。
「前へ」
「……」
足が重い。
進む。
三歩。
停止。
礼。
角度。
たぶん合ってる。
たぶん。
静寂。
空気が張る。
王の声が響いた。
「面を上げよ」
低く。
落ち着いた声だった。
悠はゆっくり顔を上げる。
王は壮年の男だった。
威厳。
知性。
戦場も政治も知っているような目。
その視線が。
静かに悠を見る。
「其方がユウか」
来た。
会話。
王。
最上位会話イベント。
難易度SSS。
返事。
必要。
分かっている。
でも。
視線。
貴族。
王。
空気。
全部が重い。
「……」
出ない。
沈黙。
数秒。
長い。
非常に長い。
貴族席がざわついた。
「……返答せぬのか?」
「無礼では……」
「いや……」
別の声。
「威圧か?」
「……!」
違う。
悠は内心で全力否定した。
威圧ではない。
ただ。
緊張で死にそうなだけである。
しかし。
外からは分からない。
沈黙。
視線を逸らさない。
感情読みにくい。
結果。
誤解。
「……大物……?」
「噂通りか……」
(違う……!)
本人だけが必死だった。
その時。
王が静かに口を開いた。
「……なるほど」
ざわめきが止まる。
王は少しだけ目を細めた。
「緊張しているのだな」
「……」
見抜かれた。
悠は少し固まる。
王は笑った。
威圧的ではない。
むしろ。
どこか面白そうだった。
「そう身構えるな」
「ここは尋問の場ではない」
空気が少し和らぐ。
悠はようやく小さく声を出した。
「……ゆ……悠……です……」
貴族席がまたざわつく。
今度は別方向だった。
「……普通?」
「いや……逆に底知れん……」
誤解が進化していた。
レオンなら笑っていただろう。
幸い。
今はいない。
セレスティアは静かにその様子を見ていた。
そして。
理解し始めていた。
この少年は。
政治的駆け引きで沈黙しているのではない。
本当に。
話すのが苦手なのだ。
だからこそ。
逆に危うい。
周囲が勝手に意味を読み取ってしまう。
王との短い謁見は。
大きな問題なく終わった。
……表面上は。
しかし。
退出後。
貴族席の一角では。
既に声が上がっていた。
「危険ですな」
「力も正体も不明」
「監視は必要だ」
「あるいは――」
利用。
その言葉は。
まだ口にされなかった。
だが。
空気にあった。
王城の廊下。
退出した悠は。
静かに壁へ寄りかかった。
「……」
疲れた。
非常に。
その時。
視界端。
セレスティアが静かに誰かの会話を聞いているのが見えた。
議会関係者らしい。
声は小さい。
でも。
一言だけ聞こえた。
「……要注意対象」
悠は少しだけ目を伏せた。
王都は。
思っていた以上に。
怖い場所だった。




