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アルカディア・レコード ― 世界最強なのに、人と話せません ―  作者: 南蛇井


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第30話 『白銀騎士セレスティア』

 王都は。


 広かった。


 門を通過してからも。


 馬車はしばらく石畳の大通りを進んでいる。


 左右には店。


 工房。


 魔導具商。


 宿。


 人。


 人。


 そして人。


 悠は窓際で静かに固まっていた。


「……」


 多い。


 王都は人類を圧縮しているのかもしれない。


 そんなことを真面目に考え始める程度には。


 圧があった。


 ノクスだけは元気だった。


「親! 光!」


 窓の外。


 浮遊魔導灯。


「……うん……」


「親! 騎士!」


「……うん……」


「親! 馬!」


「……うん……」


 返事が省エネ化している。


 リアが苦笑した。


「ユウ、完全に処理落ちしてるね」


「……してない……」


「してる人の顔なんだよなぁ」


 レオンは楽しそうだった。


「最初はそんなもんだ」


「俺も初めて来た時は感動したぜ」


「……感動……」


「あと迷子になった」


「……そっち……」


 その方が現実的だった。


 王都は広い。


 絶対迷う。


 悠が真剣にそう判断した頃。


 馬車が速度を落とした。


「ん?」


 レオンが窓を見る。


 前方。


 街路の一部が静かになっていた。


 人が避けている。


 道が開いている。


 その中央。


 白銀の騎士たちが並んでいた。


 統一された鎧。


 規律。


 無駄のない動き。


 そして。


 その先頭に。


 一人の女性が立っていた。


「……」


 悠は目を瞬かせる。


 白銀。


 最初にそう思った。


 長い銀髪。


 陽光を受ける白銀の鎧。


 背筋は真っ直ぐで。


 剣を佩いているのに。


 どこか冷静な学者のような雰囲気があった。


 年齢は二十代前半くらいだろうか。


 整った顔立ち。


 青い瞳。


 威圧感はある。


 でも。


 怒っているわけではない。


 静かな人だった。


 馬車が停止する。


 御者が緊張した声を上げた。


「王国騎士団……?」


 白銀の女性が一歩前へ出る。


 周囲がさらに静まった。


 彼女は御者へ礼儀正しく告げた。


「王命による迎えです」


 声は落ち着いていた。


 よく通る。


「対象者との面会を希望します」


 その瞬間。


 悠は嫌な予感がした。


 そして。


 当たった。


 女性の視線が。


 真っ直ぐこちらへ向いた。


「……」


 逃げたい。


 だが。


 馬車内。


 逃走経路なし。


 レオンが面白そうに呟く。


「お」


「直々か」


 直々。


 その響きが怖い。


 扉が開く。


 白銀の女性は一礼した。


 完璧な所作。


「冒険者ユウ殿ですね」


 悠。


 停止。


「……」


 来た。


 初対面。


 王国関係者。


 騎士。


 しかも美人。


 難易度が高すぎる。


 脳内会議開始。


 返事。


 必要。


 はい?


 違う?


 敬語?


 王国式?


 失礼?


 処理が追いつかない。


「……ぁ……」


 終了。


 白銀の女性は静かに待った。


 急かさない。


 観察している。


 悠はなんとか声を絞る。


「……ゆ……悠……です……」


「確認しました」


 彼女は軽く頷いた。


「私は王国騎士団所属、セレスティア・ヴァルシア」


「……」


「王命により、貴方の保護および監督を担当します」


 監督。


 その単語が刺さった。


(……監視……?)


 内心で青ざめる。


 セレスティアは淡々としていた。


 しかし。


 その内側では。


 少しだけ。


 想定が崩れていた。


(……違う)


 彼女はユウについて。


 事前資料を読んでいる。


 エルド事件。


 深層遺物。


 異常空間。


 山岳浄化。


 災害級魔術。


 そして。


 新興二つ名。


 『沈黙の記録者』


 王都議会内でも話題になっていた。


 危険人物。


 正体不明。


 高位魔術師級。


 あるいは。


 それ以上。


 だから。


 もっと。


 威圧的な存在を想像していた。


 感情を隠した策士。


 あるいは。


 力を誇示する超越者。


 だが。


 目の前の少年は。


 違った。


 小声。


 目が泳ぐ。


 肩が少し強張っている。


 それに。


 こちらと目が合うたび。


 微妙に逸れる。


(……)


 セレスティアは冷静に分析する。


(……怯えている?)


 想定外だった。


 護衛対象というより。


 緊張した一般人に近い。


 もちろん。


 危険性が消えたわけではない。


 資料は事実だ。


 だが。


 危険人物像とは。


 明確にズレていた。


 その間。


 悠は別方向で限界だった。


(……監督……)


(……王国……)


(……騎士……)


(……終わった……)


 監視。


 怒られる。


 拘束。


 尋問。


 勝手に想像が悪化する。


 リアが小声で助け舟を出した。


「ユウ、大丈夫?」


「……だい……じょうぶ……」


 あまり大丈夫そうではない。


 レオンは笑っていた。


「そんな固くなるなって」


「王都騎士は案外まともだぞ」


 セレスティアはそちらへ視線を向ける。


「案外、とは?」


「誉め言葉だ」


「……そう受け取っておきます」


 少しだけ。


 空気が緩んだ。


 セレスティアは再び悠へ向き直る。


 青い瞳。


 静かな視線。


 責務を果たす人の目だった。


「長旅でお疲れでしょうが」


 丁寧に言う。


「王城へご案内します」


 王城。


 その単語を聞いた瞬間。


 悠の思考が止まった。


「……」


 城。


 あの。


 でかい。


 巨大建築。


 王様。


 貴族。


 礼儀。


 会話。


 社会。


 全部入り。


 脳内警報が鳴る。


(……城……)


 逃げたい。


 とても。


 でも。


 白銀騎士セレスティアは。


 実に仕事熱心な微笑みで。


 待っていた。

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