第29話 『王都』
馬車旅は数日続いた。
街道は比較的安全で、商会合同便ということもあり護衛も多い。
そのため。
大事件は――起きなかった。
いや。
悠にとっては十分事件だった。
「親! 鳥!」
ノクスが窓から半身を乗り出す。
「……危ない……」
「親! 山!」
「……落ちる……」
興奮がずっと続いている。
小竜の体力は無限らしい。
悠は少し疲れていた。
リアは向かい席で笑っている。
「ノクス元気だねぇ」
「親! 旅!」
「それは知ってる」
レオンは既に馬車生活へ適応済みだった。
腕を組み、くつろいでいる。
「まぁ王都初めてならあんなもんだろ」
「……ノクス……?」
「お前もだ」
「……」
否定できなかった。
実際。
悠も落ち着いてはいない。
王都へ近づくにつれ。
少しずつ。
胸の奥が重くなっていた。
そして。
数日後。
朝。
馬車の外が騒がしくなる。
「お、見えてきたぞ」
レオンの声。
悠は窓の外を見た。
そして。
「……」
言葉を失った。
遠く。
地平線の向こう。
それは。
街ではなかった。
巨大な壁だった。
山脈みたいな城壁が。
空を横切っている。
白銀の石造。
何十メートルあるのか分からない。
その上には。
魔導砲らしき設備。
監視塔。
旗。
人の営みを守るというより。
世界そのものを遮断するような巨大さだった。
「……でか……」
思わず漏れた。
リアが笑う。
「でしょ?」
「初めて見ると驚くよねぇ」
でも。
驚きはそこでは終わらなかった。
城壁の向こう。
空。
淡く輝く巨大な光膜が広がっている。
空全体を覆うような半透明の壁。
揺れる光。
魔力の流れ。
「……あれ……」
悠が小さく呟く。
レオンが答えた。
「王都結界だ」
「魔導防衛網」
「王国自慢らしいぜ」
結界。
都市規模。
悠は思わず見上げる。
管理権限が微かに反応した。
視界端。
高位術式群確認
広域結界構造解析保留
(……保留……?)
少し嫌な単語だった。
馬車が進む。
距離が縮まる。
そして。
王都の全景が見えた。
「……」
息を呑む。
高塔。
無数の屋根。
石畳。
煙突。
中央には。
空を貫くような白亜の塔。
王城。
その周囲には魔導灯が浮かんでいた。
昼間なのに。
淡い光球が空中を漂っている。
鳥のように。
星のように。
異世界だった。
本当に。
村とも。
エルドとも違う。
文明の密度が違う。
馬車列も増えていく。
商人。
旅人。
騎士。
貴族らしき豪華な馬車。
道沿いは人で溢れていた。
声。
喧騒。
金属音。
呼び込み。
笑い声。
全部が一斉に耳へ入ってくる。
「……」
悠は静かに窓から離れた。
(……多い……)
人。
(……多い……)
視線。
(……近い……)
胸が少し苦しくなる。
ログが揺れた。
共鳴値変動検知
精神負荷上昇
存在同期微低下
「……っ」
小さく息が詰まる。
リアが気づいた。
「ユウ?」
「……だい……じょうぶ……」
大丈夫。
と言った。
でも。
たぶん少し大丈夫じゃない。
街編でも感じた圧。
あれの数倍。
王都は。
人が多すぎた。
レオンが肩をすくめる。
「まぁ慣れる慣れる」
「……そう……?」
「慣れなかったら酒飲め」
「……解決法……雑……」
「万能だぞ?」
万能ではないと思う。
たぶん。
そんな話をしているうちに。
馬車は城門前へ到着した。
王都正門。
近くで見ると。
さらに大きい。
兵士が並んでいる。
槍。
鎧。
規律。
門前には長い列。
検査待ちだった。
悠は少し嫌な予感がした。
そして。
当たった。
「次!」
兵士の声。
馬車が止まる。
検査開始。
兵士は手慣れた様子で確認を始めた。
「所属は?」
商会代表が答える。
「同行者確認」
視線がこちらへ向く。
悠。
硬直。
兵士。
「名前は?」
「……」
止まる。
兵士。
「出身地は?」
「……」
さらに止まる。
脳内会議。
王都。
兵士。
質問。
人。
圧。
言葉が。
出ない。
「……ぁ……」
終了。
兵士が少し怪訝そうな顔をした。
その瞬間。
レオンが横から割り込む。
「あー悪い悪い!」
「こいつ無口なんだ!」
「冒険者ギルド登録済み、エルド所属!」
書類提出。
兵士確認。
「……なるほど」
レオンは笑う。
「害はねぇよ!」
「むしろ礼儀正しい!」
「……」
その評価。
まだ続いていたらしい。
悠は少し複雑だった。
兵士は書類を返した。
「問題なし」
「通行許可」
門が開く。
重い音。
巨大な扉が動く。
その向こう。
王都内部。
「……」
悠は息を呑んだ。
石畳の大通り。
並ぶ店舗。
高層建築。
浮遊魔導灯。
行き交う人々。
王都は。
生き物みたいに動いていた。
圧倒的な熱量。
世界の中心。
そんな言葉が頭をよぎる。
そして。
遥か奥。
全てを見下ろすように。
白い王城がそびえていた。
高い。
遠い。
大きい。
悠は見上げる。
「……」
数秒。
沈黙。
それから。
心の底から思った。
(……でかい……)




