第28話 『王都行き』
ギルドの空気は、まだ少しざわついていた。
裏市場事件。
異常空間。
そして。
王都から届いた書簡。
受付前。
冒険者たちの視線が集まる中。
悠は固まっていた。
「……え?」
さっきから。
それしか言えていない。
カサンドラは書簡を手にしたまま、静かに説明を続ける。
「正式な召喚命令です」
「……」
「王都への出頭要請」
「……俺?」
声が小さい。
確認だった。
間違いであってほしい。
だが。
カサンドラは頷く。
「ユウさんです」
間違いなかった。
悠はゆっくり視線を落とした。
紙。
王都紋章。
命令。
嫌な単語しかない。
「……拒否……は……」
恐る恐る聞く。
カサンドラは少し言葉を選んだ。
「理論上は可能です」
少し希望。
「ただし」
消えた。
「王都命令は事実上、拒否困難です」
「……」
「特に今回は、裏市場事件および特殊魔法行使案件が含まれています」
つまり。
ほぼ強制。
悠の思考が停止した。
(……帰りたい……)
まだ王都へ行ってもいない。
なのに。
もう帰りたい。
レオンが横で肩を叩く。
「おめでとう!」
「……」
「出世だ!」
「……違う……」
即否定だった。
レオンは楽しそうに笑う。
「王都だぞ? 冒険者なら憧れる奴も多い」
「……俺……冒険者……まだ……初心者……」
「だから面白ぇんだろ」
何がだろう。
悠には分からなかった。
カサンドラは書類を整理しながら続ける。
「出頭日は五日後です」
「……早い……」
「王都側も急いでいるのでしょう」
その言葉に。
悠は余計に不安になった。
急ぐ理由が分からない。
分からないものは怖い。
その時だった。
「……私も?」
小さな声。
フィオだった。
ギルド保護室から出てきたばかりの彼女は、まだ少し顔色が悪い。
でも。
前よりは落ち着いている。
カサンドラは頷く。
「可能性があります」
「……」
「深層遺物事件の当事者ですから」
フィオは俯く。
指先が少し震えていた。
悠はその様子を見る。
追われていた少女。
暴走。
恐怖。
まだ完全には安心できていないのだろう。
カサンドラは声を柔らかくした。
「もちろん、強制ではありません」
「……」
「ただ王都保護施設の方が、設備は整っています」
フィオは少し迷うように視線を泳がせ。
それから。
ほんの少しだけ。
悠の方を見た。
「……ユウ……行く?」
不意打ちだった。
悠は目を瞬かせる。
「……俺……?」
聞かれても。
行きたくはない。
非常に。
でも。
命令である。
そして。
「私は行くよ?」
元気な声。
リアだった。
悠が振り向く。
「……リア……?」
「街の薬草納品、まだ終わってないし」
当然のように言う。
「ちょうど王都商会にも用事あるから」
笑顔。
軽い。
軽いのに。
逃げ道が消えていく。
「レオンも行くだろ?」
リアが聞く。
レオンは即答した。
「暇だしな」
「……暇……」
「護衛依頼扱いにしとけば飯代出る」
現実的だった。
ノクスまで羽をばたつかせる。
「親! 旅!」
「……」
完全に。
流れができていた。
悠だけが取り残されている。
(……逃げ道……)
ない。
カサンドラが静かにまとめる。
「同行者については後で正式確認します」
「……」
「ですが」
銀の瞳が少しだけ柔らかくなる。
「一人ではありませんよ」
その言葉に。
悠は何も返せなかった。
数時間後。
宿。
荷物整理。
「……」
悠は机に向かっていた。
王都行き。
準備。
不安。
頭が整理できない。
でも。
一つだけ。
やりたいことがあった。
紙を置く。
ペンを持つ。
手紙だった。
宛先は。
ルーン村。
ドルフ。
短い文しか書けない。
何度も止まる。
考えすぎる。
それでも。
少しずつ書いた。
王都へ行くことになりました
しばらく戻れないかもしれません
皆さん元気で
そこで止まる。
何か。
足りない。
悠は少し考えて。
最後に小さく書き足した。
また帰ります
ペンが止まる。
「……」
帰る。
その言葉に。
自分で少し驚いた。
前なら。
そんなこと考えなかったかもしれない。
でも。
今は違う。
ルーン村を思い出す。
夕暮れ。
畑。
ドルフの飯。
リアの声。
ノクス騒動。
静かな日々。
……悪くなかった。
むしろ。
帰りたいと思った。
それは。
初めての感覚だった。
翌朝。
エルド市門前。
王都行き馬車が停まっていた。
商会合同便。
護衛付き。
人の出入りも多い。
悠は荷物を抱えながら見上げる。
「……」
行くらしい。
本当に。
リアは元気だった。
「王都かぁ!」
レオンは既にくつろいでいる。
「長旅だな」
フィオは少し緊張した顔。
ノクスだけは上機嫌。
「親! 旅!」
「……うん……」
馬車へ乗り込む。
車輪が動き出す。
エルド市の街並みが。
少しずつ遠ざかっていく。
石畳。
市場。
冒険者ギルド。
見慣れ始めていた景色。
悠は窓の外を見つめた。
胸の奥が。
少しだけ落ち着かない。
期待じゃない。
でも。
ただの恐怖とも違う。
知らない場所へ向かう感覚。
そして。
頭の中に浮かぶのは。
巨大な城。
王都。
貴族。
命令。
社会。
全部。
苦手なものだった。
馬車が街道へ出る。
エルドの街が小さくなっていく。
悠は静かに思った。
(……逃げたい……)
旅は。
もう始まっていた。




