第27話 『沈黙の記録者』
裏市場に静けさが戻っていた。
さっきまでの混乱が嘘みたいだった。
歪んでいた通路は元に戻り。
揺れていた魔導灯も安定している。
崩れた露店。
散乱した商品。
まだ混乱は残っている。
でも。
終わったのだ。
「……」
悠は小さく息を吐いた。
身体はまだ少し重い。
けれど。
立てていた。
隣にはリア。
少し前にはレオン。
ノクスは肩の上。
「親!」
「……うん……」
そして。
通路の中央。
深層遺物を抱えていた少女が座り込んでいた。
紅い瞳がまだ揺れている。
暴走は止まった。
でも。
震えは残っていた。
悠はゆっくり近づく。
少女はびくりと肩を震わせた。
「……っ」
逃げようとした。
でも。
もう力が入らないらしい。
悠は少し距離を取って止まる。
近づきすぎないように。
それは。
自分がされると楽だった距離だから。
「……」
何か言った方がいい。
たぶん。
でも。
難しい。
脳内会議が始まる。
大丈夫?
怖くない?
怪我は?
どれも急に言うには重い。
沈黙。
少女は警戒したままこちらを見る。
リアが横から小声で言った。
「名前とか……?」
「……っ」
難易度が高い。
だが。
たしかに必要だった。
悠は少しだけ息を吸い。
「……ゆ……」
危ない。
噛みそうになった。
「……ユウ」
少女が瞬く。
悠は視線を逸らしながら続ける。
「……名前……」
少女はしばらく黙っていた。
そして。
小さく答える。
「……フィオ」
その声は。
消えそうなくらい小さかった。
「……」
フィオ。
名前が分かった。
それだけなのに。
少しだけ空気が柔らかくなる。
レオンが後ろで頷く。
「よし。会話成功」
「……」
何か評価された。
リアがフィオへ微笑む。
「怖かったね」
フィオは答えない。
でも。
抱えていた黒い遺物を見つめ。
唇を噛んだ。
「……ごめんなさい」
小さな声。
「……私……」
言葉が途切れる。
カサンドラが到着したのはその頃だった。
ギルド職員を連れている。
状況確認。
負傷者誘導。
後処理。
銀級受付の仕事は早かった。
カサンドラは周囲を見回し。
歪みが消えていることを確認する。
そして。
悠を見る。
「……また派手にやりましたね」
「……すみません……」
「褒めています」
「……え……」
分からない。
どっちなんだろう。
カサンドラはフィオを見る。
紅い瞳。
疲弊。
抱えた遺物。
静かに判断した。
「その子はギルド保護下に置きます」
フィオが少し身体を強張らせる。
カサンドラは声を柔らかくした。
「安心してください」
「……」
「あなたを売ったりしません」
フィオは黙っていた。
でも。
逃げる様子はなかった。
事件は。
こうして終わった。
――そして。
終わったからこそ。
噂は始まる。
翌日。
ギルド。
「聞いたか?」
「裏市場事件」
「異常空間止めたらしいぞ」
「記録魔法だって」
「いや浄化系だろ?」
「無口な新人らしい」
ざわざわ。
受付前。
酒場。
依頼掲示板。
話題になっていた。
悠は隅で小さくなっている。
(……なんで……)
横ではレオンが楽しそうだった。
「有名人だな」
「……嫌……」
「諦めろ」
嫌だった。
非常に。
目立つ。
怖い。
逃げたい。
でも。
前と少しだけ違った。
完全に逃げたいわけじゃない。
レオンがいる。
リアがいる。
ノクスも。
カサンドラも。
そして。
保護室で休んでいるフィオも。
人が増えていた。
自分を知る人。
支えてくれる人。
それが。
不思議と少しだけ心強かった。
その時だった。
受付近くで。
聞き慣れた声が響く。
「……ああ、なるほど」
カサンドラだった。
彼女は一通の書簡を受け取っている。
封蝋付き。
厚紙。
そして。
銀級受付の顔が。
僅かに変わった。
「……?」
悠は視線を向ける。
カサンドラは封を確認していた。
そこには。
見慣れない紋章が刻まれている。
王冠。
翼。
複雑な魔法印。
周囲の職員もざわついた。
「王都印?」
「なんだ?」
レオンが眉を上げる。
「……お?」
カサンドラは静かに書簡を開く。
目を通し。
数秒。
そして。
視線を上げた。
その表情は。
いつもの冷静さの中に。
少しだけ困惑が混じっていた。
「……ユウさん」
「……?」
「王都からです」
嫌な予感がした。
非常に。
カサンドラは紙を見ながら読み上げる。
「地方都市エルド所属冒険者――」
嫌だ。
「ユウ」
もっと嫌な流れだ。
「および関係者に対し」
関係者?
増えてる。
「王都への出頭を命ずる」
静寂。
ギルドが止まる。
悠は数秒理解できなかった。
そして。
ゆっくり瞬きをした。
「……え?」
その一言だけが。
やけに間の抜けた声で響いた。




