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アルカディア・レコード ― 世界最強なのに、人と話せません ―  作者: 南蛇井


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第26話 『助けて』

 異常空間は、まだ歪み続けていた。


 裏市場の通路がねじれる。


 魔導灯が明滅する。


 誰かの記憶が壁に映る。


 笑い声。


 泣き声。


 知らない景色。


 現実と記録が混線していた。


「……っ」


 悠は膝をついたまま動けなかった。


 呼吸が浅い。


 胸が苦しい。


 視界のログは止まらない。


共鳴値:3.7

存在同期:不安定

管理権限自動補正待機


(……だめ……)


 分かっている。


 このままじゃ危険だ。


 少女も。


 周囲の人も。


 巻き込まれる。


 だから。


 自分がなんとかしないと。


 いつもの癖みたいに。


 そう考えてしまう。


(……俺が……)


 助ける。


 処理する。


 隠して。


 終わらせる。


 誰にも迷惑をかけず。


 そうすれば――。


制御権競合継続


 ログが赤く揺れた。


 空間も揺れる。


 少女――深層遺物を抱えた彼女は、通路の中央で震えていた。


「やだ……」


 涙声。


「……違う……」


 感情が遺物を増幅する。


 恐怖が広がる。


 裏市場の人々も混乱していた。


「出口どこだ!?」


「壁が変わった!?」


「逃げろ!」


 その喧騒が。


 さらに悠の共鳴値を削る。


共鳴値:3.7→3.3


(……っ)


 息が苦しい。


 人が多い。


 近い。


 視線。


 期待。


 恐怖。


 全部が重い。


 その時だった。


「ユウ!」


 レオンの声。


 悠は顔を上げる。


 レオンがすぐ横にいた。


 剣は抜いていない。


 戦ってもいない。


 ただ。


 隣に立っていた。


「……レオン……」


「お前、顔やばいぞ」


「……」


「無理してんな」


 軽い口調だった。


 でも。


 目は真面目だった。


 悠は俯く。


「……俺が……」


 声がうまく出ない。


「……やる……から……」


 また。


 その言葉だ。


 レオンは少しだけ眉を上げた。


 そして。


 静かに言った。


「頼れ」


「……」


「一人で抱えるな」


 悠は言葉を失う。


 レオンは続けた。


「俺は別に、お前の秘密暴きたいわけじゃねぇ」


「……」


「強さも興味ねぇ」


「……」


「でもな」


 剣士は笑った。


「仲間が倒れそうなら支えるくらいはする」


 その言葉が。


 妙に胸へ刺さった。


 悠は唇を噛む。


 でも。


 身体はまだ動かない。


 癖だった。


 頼る前に。


 自分でなんとかしようとする。


 失敗しても。


 苦しくても。


 人に迷惑をかける方が怖い。


 だから。


 言えない。


 助けて、なんて。


 その時だった。


「ユウ!!」


 聞き覚えのある声が響いた。


 悠は目を見開く。


 人混みの向こう。


 歪む通路。


 そこを走ってくる人影があった。


 栗色の髪。


 軽装。


 息を切らせながら。


「……リア……!?」


 リアだった。


 その後ろには。


 見覚えのある商会馬車。


 どうやら街へ来ていたらしい。


 リアは近づくなり叫ぶ。


「大丈夫!?」


「……なんで……」


「薬草納品!」


 こんな状況で即答だった。


 そして。


 悠を見る。


 少し青い顔。


 膝をついている。


 それを見た瞬間。


 リアの表情が変わった。


「……無理してるでしょ」


「……」


「また一人で抱えてる顔」


 図星だった。


 悠は目を逸らす。


 リアはしゃがみ込む。


 距離が近い。


 でも。


 不思議と苦しくなかった。


「ユウ」


「……」


「私たちいるよ」


 私たち。


 その言葉に。


 胸が少し揺れる。


 レオンも肩を竦めた。


「ほら」


「……」


「村組集合だ」


 ノクスまで羽をばたつかせる。


「親!」


 悠は少女を見る。


 遺物。


 暴走。


 助けたい。


 でも。


 怖い。


 失敗したら。


 暴走したら。


 巻き込んだら。


 頭の中で色んな声がぶつかる。


 そして。


 気づく。


 今。


 自分は。


 一人じゃない。


 リアがいる。


 レオンがいる。


 ノクスも。


 だから。


 言わなきゃいけない。


 苦手でも。


 怖くても。


 悠は唇を震わせた。


「……俺……」


 声が小さい。


 でも。


 逃げなかった。


「……うまく……できるか……」


 呼吸が震える。


「……分からない……」


 リアは黙って聞いていた。


 レオンも。


 急かさない。


 待っている。


 悠は俯き。


 それから。


 初めて。


 ちゃんと言った。


「……助けて」


 ――静かだった。


 でも。


 確かに。


 その言葉は出た。


 リアが少し目を見開く。


 そして。


 柔らかく笑った。


「うん」


 即答だった。


 レオンも笑う。


「最初からそう言え」


「……ごめん……」


「謝るなって」


 その瞬間。


 胸の重さが。


 少しだけ軽くなった。


 ログが揺れる。


外部共鳴確認

支援接続成立


 悠は目を見開く。


 共鳴値が。


 止まっていた。


共鳴値:3.3→4.8

同期安定化開始


(……え……)


 リアが手を握る。


「ユウ、あの子助けたいんでしょ?」


「……うん」


「じゃあやろ」


 レオンが前へ出た。


 剣を抜く。


「俺は周囲抑える」


 ノクスも羽を広げる。


「親!」


 悠は少女を見る。


 震えている。


 泣きそうだ。


 怖かったのだ。


 一人で。


 追われて。


 抱えきれなくなった。


 ……少し。


 昔の自分みたいに。


 悠は深呼吸した。


 今度は。


 一人じゃない。


 ログが静かに並ぶ。


管理権限再同期

制御補助:安定


 手を伸ばす。


 暴走する遺物へ。


 少女へ。


「……大丈夫」


 小さく。


 でも。


 今度は震えていなかった。


「……助けるから」


 白い光が広がる。


 今度の光は。


 暴力的じゃない。


 優しかった。


 空間の歪みへ触れる。


 記録をほどく。


 感情を鎮める。


 少女の涙が止まる。


「……ぁ……」


 遺物の黒い光が。


 少しずつ薄れていく。


 そして。


 ――パキ。


 空間の軋みが止まった。


 壁の歪みが戻る。


 混線した記憶が消える。


 悲鳴も。


 揺れも。


 静かになっていく。


空間異常修復開始

崩壊停止確認


 裏市場に。


 静寂が戻った。


 少女はその場に座り込み。


 呆然と悠を見上げていた。


 紅い瞳が。


 小さく揺れていた。

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