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アルカディア・レコード ― 世界最強なのに、人と話せません ―  作者: 南蛇井


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第25話 『感情暴走』

 少女を見失ってから。


 悠の胸のざわつきは消えなかった。


 裏市場の喧騒は相変わらずだ。


 値段交渉。


 笑い声。


 怪しい取引。


 でも。


 管理権限だけが、妙に静かじゃない。


不明記録波形

再検出待機中


「……」


 悠は人混みの奥を見る。


 レオンが隣で腕を組んだ。


「知り合いか?」


「……違う……と思う」


「思う?」


「……分からない」


 正直な答えだった。


 顔に見覚えはない。


 でも。


 何かが引っかかった。


 あの目。


 空気のズレ。


 まるで。


 世界から少し浮いているような。


 その時だった。


 裏市場の奥。


 小さな怒声が響いた。


「待て!」


 ざわり。


 人の流れが揺れる。


 悠たちは反射的に振り向いた。


 数人の男が走っていた。


 粗野な格好。


 武装。


 追跡だ。


 その先に。


 さっきの少女がいた。


「……!」


 フード姿。


 銀灰色の髪。


 間違いない。


 少女は人混みを縫うように走っている。


 だが。


 足取りは不安定だった。


「捕まえろ!」


「遺物を持ってる!」


 遺物。


 その単語に。


 視界のログが反応した。


深層関連語句検知

要警戒


 少女――。


 まだ名前も知らないその子は、露店の間を駆け抜ける。


 ぶつかる人。


 倒れる商品。


 周囲が騒ぎ始める。


 レオンが眉を上げた。


「おいおい……」


「……追われてる……」


「みたいだな」


 少女は振り返った。


 焦り。


 怯え。


 そして。


 胸元を押さえている。


 何かを抱えていた。


 黒い。


 小さな結晶のような物。


 それを見た瞬間だった。


深層遺物確認

危険度:不明


 悠の背筋が冷える。


「……っ」


 少女の目が。


 一瞬だけ。


 こちらを見た。


 助けを求めるように。


 いや。


 違う。


 限界だった。


「やだ……」


 かすれた声。


「……来ないで……」


 次の瞬間。


 ――バキッ。


 何かが軋んだ。


 空気だった。


「……?」


 裏市場の景色が。


 揺れた。


 魔導灯が歪む。


 通路が波打つ。


 周囲の声が。


 遠くなる。


 少女の抱える黒い結晶が光っていた。


「……ぁ……」


 少女が膝をつく。


 男たちも止まる。


「なんだ……?」


 そして。


 遺物が暴走した。


 景色が歪む。


 空間そのものがねじれた。


「うわっ!?」


「何だこれ!?」


 悲鳴。


 露店が揺れる。


 床が軋む。


 裏市場全体ではない。


 でも。


 一角が。


 異常空間になっていた。


 悠は息を呑む。


 壁が遠ざかる。


 通路が重なる。


 人影がぶれる。


 記憶みたいな映像が混じり始めた。


 雪。


 雨。


 知らない街。


 泣き声。


 怒鳴り声。


 誰かの記憶。


「……何……これ……」


 レオンが低く呟く。


 少女は震えていた。


 目に涙が浮かんでいる。


「違う……」


 遺物を抱えたまま。


「……こんなの……嫌……」


 感情。


 それだった。


 遺物が。


 少女の感情に反応している。


 恐怖。


 不安。


 拒絶。


 それが空間へ漏れ出していた。


深層遺物暴走

感情増幅型異常確認


 悠の胸がざわつく。


 放置は危険。


 分かる。


 人も巻き込まれている。


 助けないと。


 でも。


 問題があった。


 人混み。


 混乱。


 視線。


 周囲には大量の人。


 逃げ惑う人。


 叫ぶ声。


 近い。


 近すぎる。


「……っ」


 息が浅くなる。


 ログが揺れた。


共鳴値:6.9→5.8

存在同期:低下


(……まず……)


 まずい。


 頭では分かる。


 でも身体が重い。


 周囲の感情が流れ込む。


 恐怖。


 混乱。


 怒号。


 視線。


 裏市場全体の圧力が。


 共鳴値を削っていた。


 レオンが前へ出る。


「ユウ!」


「……」


「動けるか!?」


 悠は少女を見る。


 遺物。


 暴走。


 止めなきゃ。


 助けなきゃ。


 でも。


 足が動かない。


共鳴値:5.8→4.9

同期不安定化


 視界が揺れる。


 管理権限が勝手に起動した。


危険状況確認

自動補正準備


(……待って)


 嫌な予感。


 村の時に似ている。


 でも。


 今回は違う。


 悠自身が不安定だ。


 補正が。


 制御できない。


 ログが加速する。


空間異常認識

強制修正提案


(……やめ……)


 止めようとした。


 だが。


 遅い。


 景色がさらに歪む。


 周囲の記憶が混線する。


 悠の頭にも。


 別の映像が流れ込んだ。


 現代の部屋。


 暗いモニター。


 未返信通知。


 息苦しさ。


 視線。


 拒絶への恐怖。


「……っ」


 胸が締まる。


 周囲の人が見ている。


 混乱。


 期待。


 恐怖。


 全部近い。


共鳴値:4.9→3.7

管理権限同期異常


「……ユウ!」


 レオンの声。


 聞こえる。


 でも。


 身体が重い。


 管理権限が暴れ始める。


制御権競合発生


 まずい。


 本当に。


 まずい。


 悠は少女へ手を伸ばそうとして。


 その場で膝をついた。


「……っ」


 息ができない。


 視界が揺れる。


 立てない。


 周囲の喧騒が遠くなる。


 遺物の暴走。


 少女の泣きそうな顔。


 そして。


 管理権限のログだけが。


 冷たく流れ続けていた。


同期率低下

制御不能領域接近


 悠は。


 立ち上がれなかった。

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