第24話 『裏市場』
「依頼、ですか……?」
面談室。
悠はカサンドラの言葉を反芻していた。
カサンドラは机の上へ一枚の資料を置く。
「正式には調査協力です」
銀の髪が静かに揺れる。
「最近、エルド市の地下で深層界関連と思われる遺物が流通しています」
「……地下……」
「裏市場ですね」
レオンが気軽に補足した。
悠は少し嫌な予感がした。
裏。
市場。
つまり。
合法じゃない感じがする。
カサンドラは頷く。
「表の商業区では扱えない品が集まる場所です」
「……」
「違法品もあります」
「……」
「盗品も」
「……」
「たまに呪物も」
「……」
怖い単語が増えていく。
悠の脳内では既に帰宅希望が出ていた。
カサンドラは続ける。
「本来ならギルド直属調査員案件ですが、現在人手不足でして」
ちらりと。
視線が悠へ向く。
「丘浄化の件で特殊感知能力がある可能性も確認されています」
(確認されてた……)
少しだけ目を逸らす。
レオンが笑う。
「まあ安心しろ」
「……」
「今日は偵察だ」
「……偵察……」
「潜入とか戦闘じゃねぇ」
その言葉で少し安心した。
……少しだけ。
カサンドラは紙を渡す。
「危険を感じたら即撤退してください」
「……はい」
「特に」
銀の瞳が静かに細くなる。
「深層界関連物には不用意に触れないよう」
その声音だけ。
少し硬かった。
悠は小さく頷いた。
数十分後。
悠とレオンはエルド市南区を歩いていた。
ノクスは肩の上。
「親!」
「……静かに……」
「親」
分かっていない顔だった。
裏市場。
それは街の地下にあるらしい。
表通りから外れ。
石造りの古い区域。
昼でも薄暗い。
建物同士の距離が狭く。
空が細い。
「エルド市にも色々あるんだな……」
悠が小さく呟く。
レオンは肩を竦めた。
「どこの街も似たようなもんさ」
「……裏市場……よく行くの?」
「たまに」
「……」
「飯うまい店ある」
「……裏市場に……?」
「偏見だぞ」
いや。
普通あるだろう。
やがて。
二人は古い石階段の前へ着いた。
地面へ続く入口。
見張りらしい男がいる。
レオンが軽く手を上げる。
「よう」
「……レオンか」
顔見知りらしい。
男は悠を見た。
少し警戒。
「新人?」
「見学」
「……竜付きか」
「可愛いだろ」
「親!」
ノクスが鳴く。
見張りは微妙な顔をした。
通行料を払い。
地下へ降りる。
石階段。
湿った空気。
暗い。
そして。
視界が開いた。
「……」
悠は少し息を呑んだ。
地下街だった。
想像以上だった。
狭い洞窟ではない。
巨大な地下空間。
魔導灯が浮かび。
石造りの通路が複雑に伸びている。
露店。
看板。
酒場。
仮面の商人。
異国風の旅人。
奇妙な魔道具。
怪しい匂い。
煙。
ざわめき。
表の市場とは違う。
もっと濃い。
もっと雑多。
異世界だった。
「……すごい……」
思わず漏れた。
レオンが笑う。
「だろ?」
売られている物も奇妙だった。
発光する鉱石。
魔獣素材。
古びた巻物。
正体不明の骨。
明らかに怪しい薬瓶。
値段交渉の声が飛ぶ。
商人たちの目は鋭い。
裏市場。
確かに。
この街の裏側だった。
だが。
悠には別の問題があった。
――人である。
多い。
近い。
距離が狭い。
通路が混雑している。
(……近い……)
肩が少し強張る。
視線。
会話。
人の気配。
地下だからか音も反響する。
胸がざわつく。
その時。
視界にログが浮かんだ。
共鳴値:7.6
周辺同調圧:上昇
「……?」
数値が揺れた。
さらに。
共鳴値:7.6→6.9
存在同期:軽度不安定
悠の足が少し止まる。
「ん?」
レオンが振り返る。
「どうした」
「……いや……」
説明しづらい。
でも。
分かる。
人混みだ。
共鳴値が揺れている。
胸の奥が少し息苦しい。
村ではなかった感覚。
街。
地下。
人の密度。
世界との同期が微妙に乱れている。
「……大丈夫か?」
レオンが聞く。
悠は小さく頷いた。
「……平気……」
半分本当。
半分強がり。
レオンは無理に追及しなかった。
「ならゆっくり行くか」
「……うん」
それが少しありがたかった。
二人は市場を進む。
カサンドラの情報では。
深層遺物は最近この辺で流れている。
特徴。
由来不明。
解析困難。
そして。
妙な反応を示す。
悠は周囲を観察した。
管理権限も静かに動いている。
周辺記録走査中
まだ強い反応はない。
だが。
ざわつきは消えない。
その時だった。
通路の先。
人混みの向こう。
視界の端に。
小さな影が映った。
「……?」
少女だった。
フード付きの外套。
細い身体。
銀灰色の髪が少し見える。
年齢は。
悠と同じくらいか、少し下か。
だが。
妙だった。
周囲から浮いて見える。
というより。
――空気がズレている。
管理権限が反応した。
不明記録波形検出
悠の心臓が小さく跳ねる。
少女は露店の前に立ち。
何かを見ていた。
そして。
不意に。
こちらを振り返る。
目が合った。
「……」
紅い瞳だった。
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ。
驚いたように目を見開き。
少女は人混みの奥へ消えた。
「……っ」
悠は反射的にそちらを見る。
ログが揺れる。
該当個体追跡不能
「……どうした?」
レオンの声。
悠はまだ少女が消えた方向を見ていた。
「……今……」
「ん?」
「……誰か……」
胸の奥がざわつく。
理由は分からない。
でも。
管理権限が。
妙に静かじゃなかった。




