第22話 『採取依頼だったはず』
丘陵地帯は、一見すると普通だった。
青空。
風。
揺れる草。
採取依頼の現場としては、むしろ景色が良いくらいだ。
レオンは依頼票を見ながら言う。
「《青霞草》は青い葉っぱが特徴な」
「……うん」
「似た草と間違えると腹壊す」
「……」
「結構痛い」
「……」
「経験談」
経験済みだった。
悠は少しだけ引いた。
ノクスはその辺の虫を追いかけている。
平和だった。
……見た目は。
悠の視界だけが違っていた。
周辺記録解析中
深層干渉:微弱
汚染領域局所確認
「……」
ログが消えない。
むしろ。
岩場の方を見るほど反応が強くなる。
悠はそちらへ視線を向けた。
普通なら見えない。
でも。
管理権限には映っていた。
草の一部。
地面。
そこに。
薄い黒い靄のようなものが絡みついている。
(……汚染)
村の時ほどじゃない。
微弱。
でも。
確かにある。
悠はしゃがみ込み、草を見る。
見た目は《青霞草》だ。
しかし。
記録劣化確認
摂取危険性:中
(……危ない)
レオンが近づく。
「見つけたか?」
「……」
一瞬迷う。
言うべきか。
でも。
深層汚染とか。
管理権限とか。
説明が難しい。
「……少し……待って」
「ん?」
レオンは特に疑わなかった。
「了解」
それがありがたかった。
悠は岩陰へ向かう。
人目を避ける。
処理だけ。
小さく。
目立たず。
それで済ませよう。
(……少しだけ……)
深呼吸。
ログを開く。
汚染領域選択
局所浄化実行可能
局所。
いい。
局所なら大丈夫。
村の時みたいな感情暴走もない。
落ち着いている。
だから。
問題ない。
悠は小さく手をかざした。
「……浄化」
瞬間。
ログが高速で流れた。
管理権限補正起動
汚染源検索開始
「……?」
嫌な予感がした。
(……待って)
汚染源:地下深層反応確認
最適化処理実行
(……最適化?)
待って。
それ聞いてない。
「……っ」
止めようとした。
でも。
遅かった。
地面が光る。
――ゴォン。
低い振動。
レオンが振り返った。
「……ユウ?」
次の瞬間だった。
丘陵地帯全体に巨大な光の紋様が走った。
「……!?」
空気が震える。
地面。
岩場。
草原。
全部に白銀の線が広がる。
局所ではなかった。
完全に。
違った。
「ちょっ……!?」
悠の顔が青くなる。
管理権限は止まらない。
深層汚染根源処理開始
(根源!?)
いらない。
そこまで求めてない。
採取依頼である。
薬草である。
山は対象外だ。
だが。
権限は容赦しなかった。
光が空へ伸びる。
雲が割れた。
巨大な浄化陣が丘陵上空へ展開する。
レオンが空を見上げる。
「……おお」
感想が薄かった。
いや。
驚いてはいる。
でも。
妙に落ち着いている。
悠は違った。
(終わった……)
完全に終わった。
光が降り注ぐ。
音はない。
ただ。
世界が静かに書き換わる。
黒い靄が浮かび上がる。
地中。
岩。
植物。
微弱だった汚染が強制的に炙り出される。
そして。
一瞬で消えた。
風が吹く。
空が澄む。
丘陵地帯全体が、異様なほど清浄になっていた。
……ついでに。
地形まで少し整っていた。
「……」
沈黙。
ノクスが羽をぱたぱたさせる。
「親!」
褒めている。
レオンはしばらく丘を見渡し。
それから。
「……すげぇな」
「……」
「お前の《少し》って怖ぇな」
「……ごめん……」
悠は俯いた。
本当に。
隠れるつもりだった。
なのに。
結果だけ見ると。
山ごと浄化である。
依頼どころではない。
レオンは吹き出した。
「ははっ」
「……笑い事じゃ……」
「いや笑うだろ」
普通採取で山が光るとは思わない。
結局。
採取は数分で終わった。
理由。
《青霞草》が異常繁殖していたから。
浄化の影響だった。
必要数どころか数十倍。
依頼達成である。
そして。
数時間後。
ギルド。
帰還報告。
依頼主の薬師は最初、普通に薬草を確認していた。
「おお、質がいい……」
そこまでは良かった。
だが。
後から別の冒険者が飛び込んできた。
「おい! 丘が光ったぞ!?」
ギルドが静まる。
「……は?」
「空まで光ってた!」
「魔物か!?」
「いや浄化っぽい!」
騒然。
薬師が嫌な顔で振り返る。
「……まさか」
レオン。
悠を見る。
悠。
視線逸らす。
薬師。
「……お前ら?」
「……」
沈黙。
レオンが肩を竦めた。
「まあ……多少?」
「多少!?」
依頼主絶句。
ギルド中に噂が走る。
丘浄化。
空が割れた。
新人が何かやった。
盛られる。
増える。
広がる。
悠は静かに青ざめていた。
(……もう帰りたい……)
視界では。
周辺注目度上昇
そんなログまで出ていた。
余計なお世話だった。
その時だった。
受付奥。
二階へ続く階段。
そこから。
一人の女性が降りてきた。
銀色の髪。
整った制服。
鋭い目。
周囲の空気が少し変わる。
冒険者たちが小声になる。
「……カサンドラだ」
「銀級受付……」
女性は騒ぎの中心を見る。
そして。
静かに。
悠へ視線を止めた。
逃げ場がなくなる予感がした。




