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アルカディア・レコード ― 世界最強なのに、人と話せません ―  作者: 南蛇井


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第17話 『また来てね』

 翌朝。


 ルーン村は、奇妙な静けさに包まれていた。


 森は元に戻っていた。


 いや。


 元以上だった。


 黒く濁っていた空気は消え、木々には風が通っている。


 鳥の声も戻っていた。


 まるで昨夜の出来事が夢だったみたいに。


 けれど。


 夢じゃない証拠なら、村のあちこちに残っていた。


「助かったよ……」


「本当に……」


「死ぬかと思った……」


 村人たちの声。


 安堵。


 そして。


 時々向けられる視線。


 悠はその視線を避けるように歩いていた。


 昨夜のことを思い出す。


 光。


 魔法陣。


 空の改変。


 管理権限の暴走。


 そして。


 皆が見ていた。


 隠せなかった。


 もう。


 普通の旅人ではいられない。


(……やっぱり)


 胸が重い。


 怖かった。


 魔物と戦った時じゃない。


 その後が。


 知られた後が。


 ドルフの家へ戻ると、荷物はほとんどなかった。


 元々少ない。


 異世界へ来た時から、持ち物なんてほとんどない。


 布。


 借りた道具。


 ノクス。


「親?」


「……行く準備」


 ノクスは首を傾げる。


 まだ意味は分からないらしい。


 悠は静かに荷物をまとめた。


 外からは声が聞こえる。


 村人たちだ。


 話している。


 昨夜のこと。


 あの光。


 森の浄化。


 奇跡。


 英雄。


 その単語が聞こえるたび。


 胸が少し縮んだ。


(……違う)


 英雄じゃない。


 怖かっただけだ。


 失いたくなかっただけ。


 でも。


 そんな事情は外からは見えない。


 人は分からないものを恐れる。


 それは元の世界でも同じだった。


 だから。


 離れた方がいい。


 そう思った。


 荷物を背負う。


 その時。


 戸口が軽く叩かれた。


「ユウ?」


 リアだった。


「……」


「入っていい?」


 悠は少し迷って。


 小さく頷いた。


 リアが入ってくる。


 腕にはまだ包帯が巻かれていた。


 昨夜の傷。


 完全には消えていない。


 それを見て。


 胸が少し痛んだ。


「……傷」


「平気平気」


 リアは笑う。


「ドルフにも怒られたし」


「……」


「無茶するなって」


 少し沈黙が落ちた。


 いつもの空気じゃない。


 どこか静かだった。


 リアは荷物を見た。


 そして。


「……行くの?」


 悠は視線を落とした。


「……うん」


 否定できなかった。


 リアは何も言わない。


 責めもしない。


 ただ待っていた。


 その沈黙が逆に苦しかった。


 悠は少し迷って。


 ぽつりと話す。


「……怖がられるかと」


 リアが瞬きをした。


「……」


「……あんなの……見たら」


 言葉が詰まる。


 うまく説明できない。


 でも。


 伝わってほしかった。


「……普通じゃ、ないし」


 また。


 距離ができるかもしれない。


 そう思っていた。


 リアは少し考えた。


 そして。


 正直に言った。


「……ちょっとびっくりした」


「……」


 胸が少し冷える。


 やっぱり。


 でも。


 リアは続けた。


「かなりびっくりした」


「……」


「空光るし」


「……うん」


「森消えるし」


「……消えては……」


「半分くらい消えたよ?」


 悠は黙った。


 否定できなかった。


 リアはそこで。


 ふっと笑った。


「でも」


 柔らかい声だった。


「ユウだったし」


「……え?」


「知ってるよ」


 窓から風が入る。


 リアは椅子に座ったまま、少し空を見る。


「怖かったんでしょ?」


「……」


「私も怖かった」


 静かな声。


「でもさ」


 包帯の巻かれた腕を軽く撫でる。


「助けてくれたの、ユウだもん」


 悠は何も言えなかった。


 リアは笑う。


「村のみんなも、多分そう思ってる」


「……」


「びっくりはしたよ?」


 正直だった。


 取り繕わない。


「でも、怖いとは違うかな」


 その言葉が。


 胸へ落ちる。


 ゆっくり。


 静かに。


 悠は視線を落とした。


「……俺……」


 言葉が難しい。


 こういう時。


 何を言えばいいのか分からない。


「……人付き合い……苦手で」


「うん」


「……逃げる方が……楽で」


「うん」


「……だから……」


 だから。


 今回も。


 離れようと思った。


 言葉にならない続きを、リアは急かさなかった。


 少しだけ考えて。


 そして言う。


「逃げてもいいよ」


「……」


 悠は顔を上げる。


 リアは笑っていた。


 責めない笑顔だった。


「無理するの苦しいもんね」


「……」


「でも」


 そこで。


 少しだけ悪戯っぽく笑う。


「また来てね」


 ――その言葉が。


 悠の中で止まった。


「……え」


「村」


 リアは外を指した。


「ここ」


 窓の向こう。


 水車。


 畑。


 煙の上がる家々。


 ノクスが足元で尻尾を揺らしている。


「逃げてもいい」


 リアは言う。


「でも、また来て」


 あまりにも。


 自然に。


 当然みたいに。


 その言葉を言った。


 悠は言葉を失った。


 胸の奥が熱い。


 知らない感覚だった。


 帰ってきていい。


 そう言われたこと。


 あっただろうか。


 元の世界で。


 少なくとも。


 こんな風には。


「……」


 声が出ない。


 ただ。


 胸が苦しかった。


 でも。


 嫌な苦しさじゃなかった。


 ノクスが見上げる。


「親?」


「……」


 悠は少しだけ俯き。


 それから。


 本当に小さく。


「……うん」


 とだけ答えた。


 何への返事か。


 自分でも分からなかった。


 その日の夕方。


 村の外れ。


 悠は一度立ち止まった。


 村人たちは見送りに来ていた。


 ドルフは腕を組む。


「……飯くらい食いに戻れ」


「……はい」


 ミナは笑って手を振る。


「次来たら街案内しますよー!」


「……」


 リアもいた。


 昨日と同じ笑顔で。


「またね、ユウ」


 悠は少し迷って。


 ぎこちなく。


 でも。


 確かに頷いた。


「……また」


 その瞬間。


 視界にログが浮かぶ。


共鳴値:0.8 → 7.4

存在同期:安定化進行

接続先認識:形成確認


 悠は目を見開く。


(……七……?)


 急激な上昇。


 理由は分からない。


 でも。


 胸の奥では、なぜか理解していた。


 風が吹く。


 振り返る。


 ルーン村が見えた。


 小さな村。


 水車。


 畑。


 煙。


 大きな世界から見れば、ただの片隅。


 でも。


 そこはもう。


 知らない場所ではなかった。


 悠は静かに歩き出す。


 ノクスが肩に乗る。


 夕暮れの空の下。


 村は少しずつ遠ざかっていく。


 けれど。


 不思議と。


 孤独ではなかった。


 ――こうして。


 真白悠は初めて。


 「帰っていい場所」を得た。


 そして物語は、次の世界へ進んでいく。

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