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アルカディア・レコード ― 世界最強なのに、人と話せません ―  作者: 南蛇井


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第15話 『深層の汚染』

 異変は、静かに始まっていた。


 最初に気づいたのは村人たちだった。


「……鳥、少なくねぇか?」


 朝。


 畑で働いていた男が空を見上げる。


 確かに。


 いつもなら聞こえる鳴き声が少ない。


 風はある。


 天気も悪くない。


 なのに。


 森が妙に静かだった。


 ルーン村の空気が、少しずつ変わっていく。


 ――三日後。


 ドルフは斧を研ぎながら低く言った。


「森がおかしい」


 朝食の席だった。


 リアが顔を上げる。


「やっぱり?」


「ああ」


 悠も静かに耳を傾ける。


 ノクスは膝の上で丸くなっていた。


「獣が出てこねぇ」


「それって……悪いこと?」


 リアが聞く。


 ドルフは短く頷いた。


「普通はな」


 砥石の音が止まる。


「森に住むもんが逃げる時は、理由がある」


「……」


 空気が少し重かった。


 リアも感じているらしい。


「昨日、薬草採り行ったんだけど……」


 表情が曇る。


「《青露草》の群生地、半分枯れてた」


「枯れた?」


「うん。なんか変だった」


 リアは言葉を探す。


「腐ってる……みたいな」


 悠の指先が少し止まる。


 腐敗。


 嫌な単語だった。


 ドルフは腕を組む。


「しばらく森は浅い場所だけにしろ」


「……分かった」


 リアは素直に頷いた。


 その横で。


 悠は黙っていた。


 胸の奥に。


 微かな違和感がある。


 理由は分かっていた。


 最近。


 視界に現れるログが増えている。


 特に――森を見る時。


 朝食後。


 悠は一人で村外れへ向かった。


 ノクスが当然のようについてくる。


「親」


「……だから違う……」


 訂正しながら森を見る。


 風景は変わらない。


 木々。


 土。


 光。


 なのに。


 何かが引っかかる。


 視界に文字が浮かんだ。


周辺記録解析中

汚染反応:微弱

深層界干渉疑い


 悠は足を止めた。


(……深層界)


 また出た。


 卵の時にも見た単語。


 知らない言葉。


 でも。


 管理権限は明らかに警戒している。


 悠は森へ視線を向けた。


 すると。


 一瞬だけ。


 木々の奥に、黒い靄が見えた気がした。


「……?」


 瞬き。


 消える。


 見間違い?


 だが。


 ログは消えなかった。


深層汚染:進行兆候

注意推奨


 胸がざわつく。


 汚染。


 危険そうだ。


 ものすごく。


 その時。


 ノクスが低く鳴いた。


「……ぐる」


 悠は視線を落とす。


 いつもと違う。


 ノクスの金色の目が、森の奥を見ていた。


 警戒している。


「……ノクス?」


 小竜は羽を少し膨らませる。


 尻尾が落ち着かない。


 その反応が、余計に不安を強くした。


 昼。


 リアと薬草採りへ出た。


 浅い場所だけ。


 その約束だった。


 しかし。


「……少ないね」


 リアが困った顔をする。


 確かに。


 薬草が見つからない。


 いや。


 あるにはある。


 でも状態が悪い。


 葉が黒ずみ。


 土が妙に湿っている。


「こんなの初めて……」


 リアが枯れた草を見つめる。


「病気かなぁ」


「……」


 悠は返事をしなかった。


 できなかった。


 視界では。


 黒いログが点滅していたからだ。


深層汚染反応:確認

局所記録劣化進行


(劣化……?)


 土を見る。


 普通に見える。


 でも。


 管理権限には違うものが見えている。


 リアが振り返った。


「ユウ?」


「……!」


 慌てて顔を上げる。


「……どうしたの?」


「……いや……」


 言うべきか。


 迷った。


 深層界。


 汚染。


 そんな話をして。


 信じてもらえるだろうか。


 そもそも。


 自分でも分かっていない。


 また。


 変な力の話になる。


 警戒されるかもしれない。


(……隠す……?)


 でも。


 もし危険なら。


 言わなかった方が問題では。


 考えがまとまらない。


 リアは少し心配そうに見ていた。


「……大丈夫?」


「……」


 悠は数秒黙る。


 結局。


「……大丈夫」


 そう答えてしまった。


 嘘ではない。


 でも。


 正直でもなかった。


 帰り道。


 森の空気はさらに重かった。


 風が弱い。


 静かすぎる。


 リアも落ち着かないらしい。


「なんか嫌だね……」


「……うん」


 その時だった。


 遠く。


 森の奥から。


 低い音が響いた。


 ――グルルル……


 リアが止まる。


 悠も振り返る。


 音は一つじゃない。


 複数。


 重なる。


 ドルフの言葉が頭をよぎる。


 森のもんが逃げる時は、理由がある。


 視界にログが浮かんだ。


脅威接近

個体数:複数

汚染個体反応:確認


 悠の背筋が冷えた。


 木々の向こう。


 暗い森の奥。


 そこに。


 赤い目が、いくつも浮かんでいた。

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