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アルカディア・レコード ― 世界最強なのに、人と話せません ―  作者: 南蛇井


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第14話 『静かな日々』

 小竜は、ノクスと名付けられた。


 命名者はリアだった。


「黒いし、夜っぽいから!」


 安直だった。


 しかし。


 本人――本竜?――は気に入ったらしい。


「ノクス!」


 小さな翼をぱたぱたさせる。


「……分かってるんだ」


 悠が呟くと。


「ノクス!」


 胸を張るように鳴いた。


 賢い。


 妙に。


 そして。


 親認定は継続中だった。


「親」


「……違う」


「親」


「……」


 訂正が通らない。


 ノクスは悠から離れなかった。


 肩。


 膝。


 作業中は頭。


 気づくといる。


 完全な追尾型である。


 朝。


 ドルフの家。


 食卓にて。


「親」


「……パンは親じゃない」


 悠が静かに言う。


 ノクスはパンを見て。


 少し考えて。


 ぱくり。


「……!」


 そして。


 もぐもぐした後。


 気に入らなかったらしく。


 ぺっ。


 リアが吹き出した。


「あははっ! 好き嫌いあるんだ!」


 ドルフは腕を組んで見ている。


「肉食だろうな」


 ノクスは悠の肩へよじ登る。


「親」


「……だから違う……」


「懐かれてるねぇ」


 リアは楽しそうだった。


 悠としては。


 責任重大すぎて落ち着かない。


 村でも騒ぎになった。


 当然である。


「竜!?」


「リアんとこの兄ちゃん竜飼ってんのか!?」


「飼ってない……」


 悠の否定は弱かった。


 ノクスは村人に囲まれても、妙に堂々としている。


 子供が近づけば。


 少し偉そうに胸を張る。


 撫でられると。


 嫌そうな顔をしつつ逃げない。


 ただし。


 悠が離れると。


「親!?」


 慌てる。


 結果。


 悠はどこへ行くにもノクス付きだった。


 薪割り中。


 肩。


 修理中。


 頭。


 水汲み。


 腕。


(……重い……)


 小さいとはいえ竜である。


 じわじわ肩が疲れる。


 だが。


 不思議と嫌ではなかった。


 ある日。


 リアと一緒に薬草採りへ出た時。


 ノクスが事件を起こした。


「この辺に《青露草》あるよー」


 リアが草をかき分ける。


 悠は籠を持って後ろを歩く。


 その肩で。


 ノクスが急に身を乗り出した。


「……?」


 金色の目が一点を見つめる。


 次の瞬間。


 ぱく。


「……え」


 ノクスが草を食べた。


 いや。


 草ではない。


 リアが顔色を変える。


「ちょっ、それ《苦臭草》――!」


 遅かった。


 ノクス。


 飲み込む。


 数秒。


 沈黙。


「……くしゅっ」


 くしゃみ。


 ぼふっ。


 小さな黒煙が飛び出した。


「……!?」


 煙は風に流れ。


 近くのリアへ直撃した。


「けほっ……!」


 数秒後。


 異変。


 リアの身体から。


 妙な匂いが漂い始めた。


 とても。


 苦い。


 草臭い。


 強烈に。


「うわぁ!?」


 リアが自分の腕を嗅ぐ。


「なにこれぇ!?」


 ノクスは少し満足そうだった。


 悠は固まる。


 リアは涙目で叫ぶ。


「ノクスー!?」


「……ノクス」


 誇らしげだった。


 その日。


 リアは村に戻るまで苦臭草の匂いを纏うことになった。


 ミナには大笑いされた。


 ドルフには。


「……薬草より強ぇな」


 と真顔で言われた。


 そんな騒がしい日々が続いた。


 気づけば。


 悠も村に馴染み始めていた。


 朝はドルフの家で食事。


 昼は作業。


 時々リアと薬草採り。


 村人から仕事を頼まれることも増えた。


「兄ちゃん、これ見てくれねぇか?」


「……あ、はい」


「悪いな」


「……だいじょうぶ」


 最初より。


 少しだけ言葉が出る。


 まだ緊張はする。


 視線も苦手だ。


 でも。


 逃げたいだけではなくなっていた。


 ある夕方。


 水車の近くで一人休んでいた時。


 リアが隣へ座った。


「お疲れさま」


「……おつかれ」


 風が吹く。


 畑の向こうでは、子供たちが遊んでいた。


 ノクスは悠の膝で丸くなっている。


 リアはぼんやり空を見る。


「最近、村明るいね」


「……?」


「なんか皆元気」


 悠は少し考える。


 水路。


 畑。


 井戸。


 それにノクス騒動。


 確かに。


 笑う声が増えた気がする。


「ユウ来てからかな」


「……」


 否定しようとして。


 やめた。


 違うと言い切るほど、自信もなかった。


 リアはふっと笑う。


「ありがとね」


「……え」


「色々」


 悠は言葉に詰まる。


 褒められると。


 まだ困る。


 でも。


 前ほど苦しくはなかった。


 視線を上げる。


 夕暮れの村。


 煙の上がる家。


 水車。


 畑。


 帰っていく人たち。


「……」


 静かだった。


 派手な冒険はない。


 英雄譚でもない。


 けれど。


 胸の奥に、小さく思う。


(……悪くない)


 その瞬間だった。


 視界に。


 見慣れたログが浮かんだ。


共鳴値:0.3 → 0.8

存在同期:微増確認


 悠は目を瞬かせる。


(……増えた?)


 数字は小さい。


 でも。


 確かに変化していた。


 理由は分からない。


 ただ。


 なぜか少しだけ。


 胸が温かかった。


 その夜。


 皆が眠った後。


 森の奥で。


 異変が起きていた。


 風が止む。


 鳥が鳴かない。


 闇の中。


 黒い靄が、地面からゆっくりと滲み出していた。


 そして。


 赤い目が、ひとつ。


 森の奥で開いた。

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