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アルカディア・レコード ― 世界最強なのに、人と話せません ―  作者: 南蛇井


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第13話 『黒い卵』

 村外れの草むら。


 リアが足を止めたのは、ほんの偶然だった。


「……あれ?」


 昼下がりの風が草を揺らしている。


 ミナは帳簿を抱えたまま首を傾げた。


「どうしました?」


「なんかある」


 リアがしゃがみ込む。


 悠たちも自然と近づいた。


 草の陰。


 そこにあったのは――卵だった。


「……卵?」


 リアが目を丸くする。


 普通の鳥の卵ではない。


 大きい。


 両手で抱えるくらいある。


 そして。


 黒かった。


 真っ黒。


 ただし塗ったような黒ではない。


 光を吸い込むような、妙に深い色。


 表面には灰色のひび模様が走っていた。


 ミナが身を乗り出す。


「おお……なんか高そう」


「価値判断そこ?」


「大事ですよ?」


 ドルフは腕を組んで眺める。


「……見ねぇな」


 悠は何も言えなかった。


 視界に。


 また、あの文字が浮かんでいたからだ。


未登録反応確認

深層記録干渉検出

管理権限警告:注意推奨


(……え)


 警告。


 嫌な単語だった。


 胸の奥が少しざわつく。


 卵。


 そう見えている。


 でも。


 何かがおかしい。


 普通の生き物を見る感覚じゃない。


 もっと別の。


 記録そのものを見ているような――そんな違和感。


 リアは卵の周りを見回した。


「巣……ないね」


「落ちてきたとか?」


 ミナが言う。


「鳥?」


 その言葉に。


 悠は反射的に思った。


(違う……)


 根拠はない。


 でも。


 違う。


 そんな確信があった。


 リアは恐る恐る卵へ手を伸ばす。


「触っても大丈夫かな」


「待て」


 ドルフが低く言った。


「森のもんだ。毒や呪いの可能性もある」


「えっ」


 リアの手が止まる。


 ミナが少し後ろへ下がった。


「呪いは嫌ですね……」


 悠は卵を見つめていた。


 視界の警告は消えない。


深層界由来反応:微弱

記録状態:不安定


(深層……?)


 聞き覚えのない単語。


 その時だった。


 ぴし。


 小さな音がした。


「……!」


 全員の視線が集まる。


 卵の表面。


 灰色の線が少し広がっていた。


「え?」


 リアが息を呑む。


 ぴし。


 ぴし。


 ひびが増える。


 黒い殻が微かに震え始めた。


「ま、待って待って」


 ミナが慌てる。


「これ今です!? 今孵るんです!?」


 誰も答えられない。


 卵は構わず震え続ける。


 ぱき。


 殻の上部が少し割れた。


 中から。


 小さな黒い鼻先が覗く。


「……」


 リアが目を輝かせた。


「わ……」


 殻がさらに崩れる。


 ぱきん。


 上部が割れ落ちた。


 そこから現れたのは――。


 小さな生き物だった。


 つやのある黒い鱗。


 金色の瞳。


 短い角。


 背には小さな翼。


 丸っこい体。


 そして。


 明らかに鳥ではない顔。


 数秒。


 全員が黙った。


 リアが最初に呟く。


「……鳥じゃない」


 ミナが続く。


「鳥じゃないですね」


 ドルフが断定した。


「……竜だな」


「ええぇ!?」


 ミナの声が裏返る。


 小竜だった。


 小さい。


 まだ幼い。


 でも。


 間違いなく竜。


 悠は呆然と見つめる。


 視界の文字が揺れた。


個体記録確定中

同期先探索……


(同期……?)


 小竜はふらふらと殻から出てきた。


 足元がおぼつかない。


 でも。


 周囲を見回している。


 金色の瞳が、一人ずつを映した。


 リア。


 ミナ。


 ドルフ。


 そして。


 ぴたりと止まる。


 悠だった。


「……?」


 嫌な予感がした。


 小竜はじっと悠を見る。


 数秒。


 風が吹く。


 静寂。


 それから。


 小さな声が響いた。


「……親?」


「……は?」


 間抜けな声が出た。


 リアが固まる。


 ミナも固まる。


 ドルフだけが静かだった。


 小竜はよろよろと歩き出した。


 一直線。


 迷いなし。


 悠へ。


「ちょっ――」


 止める暇もない。


 小竜は悠の足元まで来ると。


 ぺたり。


 靴に顔を擦りつけた。


「親」


「……いや」


 違う。


 断じて。


 親ではない。


「親」


「……違……」


「親」


 押しが強かった。


 リアの顔がぱっと明るくなる。


「えっ、かわいい!」


 しゃがみ込む。


 小竜は一瞬リアを見る。


 でも。


 すぐ悠へ戻った。


「親」


「……」


 訂正が通じない。


 悠は困惑したまま足元を見る。


 なぜ。


 どうして。


 管理権限?


 転生補正?


 理由が分からない。


 ミナは目を輝かせていた。


「竜ですよ!? 竜! 街でも滅多に見ませんよ!?」


「……森に捨てられてたのか」


 ドルフが低く言う。


「親がいねぇなら弱る」


「えっ……」


 リアの表情が少し曇る。


 小竜は悠にぴったりくっついたままだ。


 離れない。


 完全に。


 認識が固定されている。


「親」


「……」


 悠は静かに視線を逸らした。


 嫌な予感しかしない。


 リアが笑う。


「ユウ、懐かれてるね!」


(懐かれてるで済む……?)


 親認定である。


 責任が重い。


 小竜は満足そうに目を細め、尻尾をぱたぱた揺らした。


 そして。


 その小さな身体から、一瞬だけ。


 黒い光が微かに漏れた。


 誰も気づかない。


 悠以外は。


 視界に文字が走る。


深層同期反応:確認


(……深層?)


 胸の奥に、少しだけ冷たいものが残った。


 だが。


 それを考える余裕はなかった。


「親」


「……」


 小竜は離れない。


 そして。


 どうやら。


 真白悠の異世界生活には、新しい問題が追加されたらしい。


 ――育児である。

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