第12話 『優しい人』
犯人探しは、朝から村の一大行事になっていた。
「絶対すごい職人だって!」
「いや精霊加護じゃないか?」
「夜中に来た旅の賢者とか?」
「賢者は話が飛びすぎだろ!」
広場は妙に盛り上がっていた。
悠はその少し外側で、静かに硬直している。
(……帰りたい)
いや帰る場所はここしかないのだが。
精神的な話である。
リアは隣でくすくす笑っていた。
「なんかお祭りみたいだね」
「……」
本人からすると祭りどころではない。
公開処刑の前段階に近い。
水路は綺麗になった。
畑も改善した。
井戸まで直した。
やった。
確かにやった。
だが。
善意だった。
そして少し現実逃避だった。
こんな騒ぎになるとは思わないじゃないか。
その時。
村の入り口から馬車の音が聞こえた。
「お、来たか」
ドルフがそちらを見る。
小型の荷馬車だった。
村人たちが手を振る。
「ミナー!」
馬車から降りてきたのは、一人の女性だった。
茶色の長い髪を後ろでまとめ、軽い外套を羽織っている。
腰には帳簿袋。
動きやすそうな服装。
年齢はリアより少し上だろうか。
明るい目をした人物だった。
「おはようございまーす!」
元気な声が響く。
女性――ミナは軽く手を上げた。
「街の出張受付でーす! 依頼、相談、買い取り、未払い確認、まとめてどうぞー!」
「未払いだけ急に怖いな」
「仕事ですから!」
村人たちが笑う。
悠は少し離れた位置からその様子を見ていた。
(……受付……)
つまり。
話す人。
営業系。
コミュニケーション強者。
苦手なタイプかもしれない。
ミナは荷物を整理しながら、ふと村の様子に気づいた。
「ん?」
視線が水路へ向く。
畑へ向く。
井戸へ向く。
「……あれ?」
数秒。
観察。
「何か……村、変わりました?」
その瞬間。
村人たちが待ってましたとばかりに話し始めた。
「聞いてくれよミナ!」
「朝起きたら全部直ってた!」
「水路も畑も!」
「井戸までだぞ!」
「奇跡だ!」
ミナはぱちぱち瞬きをした。
「……はい?」
説明を受ける。
夜のうちに修復。
犯人不明。
超技術。
村人大興奮。
ミナは話を聞きながら、少しずつ表情を変えていった。
「へぇ……」
興味深そうだった。
「そんな技術者、この辺にいましたっけ?」
「いねぇよなぁ」
「街でも見たことない」
「しかも誰にも見つかってない!」
悠は静かに視線を逸らす。
見つかってない。
良かった。
まだ大丈夫。
だが。
村人たちの話は止まらない。
「最近、良いこと多いんだよ」
「リアの連れてきた兄ちゃんも働き者だし」
「無口だけど礼儀正しい」
「優しいよなぁ」
悠はぴくっと反応した。
(……優しい?)
誰が。
「薪割り手伝ってくれるし」
「修理もうまい」
「若いのに真面目だ」
「リア、いい人拾ったな!」
「拾ってないよ!?」
リアが慌てて否定する。
ミナの視線が動いた。
「……へぇ?」
興味の矛先が変わる。
悠へ。
目が合った。
「……!」
悠は反射的に姿勢を正した。
ミナはにっこり笑う。
「初めまして?」
「……ぁ……」
駄目だ。
対人機能が止まる。
リアが助け舟を出した。
「ユウ! 森で会った人!」
「なるほどー」
ミナはじっと悠を見る。
観察するように。
「……」
「……」
沈黙。
耐えきれず、悠は少し会釈した。
「……どうも」
「ミナです!」
即答だった。
「街の受付兼雑用兼お届け係!」
「……」
「よろしくお願いします?」
「……よ、よろしく……」
なんとか返せた。
ミナは目を細める。
この人。
喋らない。
でも。
無愛想ではない。
むしろ。
緊張している。
そして。
――何か隠している顔だ。
「そういえばー」
ミナは何気ない調子で言った。
「夜の奇跡、ユウさん何か知ってます?」
「…………」
悠の肩が止まった。
リアが横を見る。
分かりやすい。
あまりにも。
「いやぁ、別に疑ってるわけじゃないんですけど?」
「……」
視線が泳ぐ。
沈黙。
手が少し落ち着かない。
ミナは内心で思った。
(あっ、この人下手だ)
隠し事。
向いてない。
悠は必死だった。
(落ち着け)
自然に。
自然とは何だ。
とりあえず。
「……知らない……です」
言えた。
だが。
語尾が怪しかった。
ミナは笑みを深くする。
「ふーん?」
「……」
「へぇー?」
「……」
圧ではない。
だが。
妙に逃げ道がない。
横でリアが吹き出しそうになっていた。
「……リア」
「ん?」
悠は小声で言う。
「……笑ってる……?」
「ちょっと」
否定しない。
リアは肩を揺らしながら言った。
「ユウって、隠し事苦手?」
「…………」
図星だった。
悠は静かに視線を落とす。
リアはつい笑ってしまう。
最初は無口で何を考えているか分からない人だと思っていた。
でも。
最近少し分かる。
この人。
意外と顔に出る。
そして。
不器用だ。
そんなやり取りの最中。
ふと。
リアが足元に目を向けた。
「……あれ?」
村外れ。
草むらの陰。
そこに。
見慣れないものがあった。
丸い。
灰色。
両手で抱えるくらいの大きさ。
ひび割れ模様のある――卵だった。
「……卵?」
風が吹く。
その表面が、かすかに光った気がした。




