中庭とズミ
新生活が始まって2日目。
ユズキはすっかり普通に接してくれるようになった。
休みのたびに話しかけてくれるが、去年のことを掘り返すことはなく、普通の雑談ばかりだ。
いや、出会って1日しか経っていない相手にここまで話してくれるのは、やはり普通ではないかもしれない。
ユズキのなかでは、まだわたしは昔会った仲なのかもという気持ちは拭えない。しかし、わたしがこれ以上うじうじと考え続けるのは、きっと失礼だろう。
出会いは不思議だったが、ちゃんと友達として接したい。
「……あ、そうだコノカ。お昼さ、中庭で食べようよ」
「中庭で?」
「うん。ベンチあるから。暑くなってきたらできないから、今の季節のうちに行っておかないと」
「そっか。行きたいかも」
「決まりね。……ズミー?」
ユズキは唐突に大きな声でズミさんを呼ぶ。ズミさんの席は教室の右後ろで、わたしたちは左前方寄りだから、話しかけるには遠い。
ズミさんの方を見ると、のそのそとこちらに向かってきていた。
「あんた、うるさすぎ。ねえコノカさん」
「あ、あはは……」
「で、何?」
「昼中庭行かん?」
「ん。いいよ。ベンチが空いてれば、ね」
そう返事をして、ズミさんはすぐ席に戻って行った。
同時に、4限の授業を担当する先生が、教室に入ってきた。
あっという間に50分が経ち、4限終了のチャイムが鳴る。
先生が終わりを告げると同時に、ユズキは勢いよく立ち上がる。
「よーし、行くぞーっ」
ユズキはわたしを待たず、弁当片手に飛び出して行った。行動が追いつかず目でだけ追うと、流れでズミさんの席が目に入る。ズミさんもすでにいない。
もしかして中庭のベンチは争奪戦か?
わたしも慌てて弁当を持ち、下に降りて上履きを履き替え、中庭に向かう。
この高校では、通常の教室がある校舎と、職員室や副教科の教室などがある校舎が並行して建っていて、その間が中庭として整えられていた。
「おっ、コノカ! こっちこっち!」
中央のベンチから、ユズキとズミさんが手を振ってくる。
わたしは2人の元まで駆け足で近づいた。
「お、お待たせ……2人とも速くてびっくりしちゃった」
「ここは取り合いだかんね。ほら、コノカも座りな〜」
横長のベンチの中央に促され、わたしは2人の間に着席する形となる。
膝の上にいそいそと弁当を広げるユズキを見て、わたしも真似をした。ズミさんは、コンビニのお惣菜パンだった。
「いただきます……」
「コノカの弁当美味しそうだね〜」
「あ、うん、ありがとう」
こういうとき、わたしのセリフはありがとうで良いのだろうか。お母さんの手作り弁当はいつも気合いが入っていて美味しい。
「ユズキのも美味しそうだね……」
「ほとんど冷凍食品だけどね。でもママが毎日作ってくれるから、それで十分!」
「…………」
わたしはそのままズミさんの方に視線を移す。ズミさんはお弁当じゃないから……何とコメントすれば……。
「ウチ普段は学食なんだよね。パンも売ってるの、知ってる? 昼一緒に食べるっていうから、休み時間に買っといた」
「あ、そうなんだ……」
わたしのぎこちなさを感じ取ったのか、ズミさんはさらりと話してくれる。
コンビニじゃなくて学食のパンだった。それは知らなかった。
「おう、今度は3人で学食行こ!」
ユズキは前傾姿勢でズミさんの顔を覗き込む。
「別に無理しないで。金かかるし。ねえコノカ」
「えー、でもズミさんの普段食べてるものも気になるし学食も行ってみたいな〜……あ」
軽々しくズミさんって呼んじゃった。わたしは恐る恐るズミさんの目を見る。
「〜〜…………ぷっ」
笑っていた。ズミさんの表情が変わるのを見たのはこれが最初だ。
「コノさーん、ごめんね。そうだよね、てかウチの名前知ってる?」
「こ、コノさん……? じゃなくてあの、すみません、実はその……」
「だよね。完全に名乗るの忘れてた。吉住華子って言うんだ」
「よしずみさんだからズミさんだったんだ。わたしはさめじまコノカです……」
「存じておりますよ〜。よろしくね」
「やばー、ウケるね。私たちテキトーに話しすぎ。ごめんねコノカ〜」
「いいのいいの。わたしも聞き出せなくてごめんね」
「いや、ウチらが雑すぎよ。あ、ウチのことはズミでも何でもいいよ」
「じゃあ……ズミさんでもいい? 頭の中、ずっとズミさんだったから……」
「うん。じゃあウチはコノさんにしようかな」
「お、おっけー」
これで、ズミさんとも友達になれた気がした。
昨日はわたしだけが「噂のコノカ」だったが、これでお互いが普通の知り合いになれたと思う。
その後は、他愛のない話をしながら弁当を食べ進めた。
ベンチの前には池があって、なんだか涼やかな気持ちになる。池の中は、亀が泳いでいて可愛い。
「そうだズミ。コノカにあの話してあげてよ!」
「あの話……って池の? いいよあれ。ホラすぎだし」
「おもろいから広めようよ」
「おもろくない」
2人が何やらわたしの知らない話題について盛り上がりを見せる。
「コノカも聞きたいでしょ〜? 泉の女神の話」
「泉の女神って、イソップ寓話の?」
「元ネタが……イソップだったかは覚えてないけど……この池にも噂があってさ〜、お願いしますよ語り手さ〜ん」
「ほんとあんたのツボって謎だよね。1回だけだからね」
どうやらズミさんがこの話の語り手を担っているらしい。乗り気ではなさそうだが、話してくれた。
*
今は昔……ではなく4年前のこと。
ズミには5つ上のお兄さんがいて、ズミと同じこの高校に通っていました。
お兄さんは受験勉強まっしぐら。教室では赤本を開いて志望大学の対策を進めていました。
そんなある日、お兄さんは自分のカバンの紐に足をひっかけ、転んでしまいます。
そのとき、手に持っていた赤本が窓からスッポーン!
真下にある、中庭の池へと真っ逆さまに落ちてしまいました。
慌てて池まで取りに行くお兄さん。
するとなんということでしょう。
池から女神が現れて言いました。
「あなたが落としたのは、金の赤本ですか? 銀の赤本ですか?」
女神様の手にする金の赤本と銀の赤本に、お兄さんは一瞬目がくらみましたが、やがて答えました。
「俺が落としたのは赤の赤本です」
と。
それを聞いた女神様は大喜び。
「正直者のあなたには、全て差し上げましょう」
そして金銀赤の赤本を手に入れたお兄さんは、第一志望の大学に合格しましたとさ。
めでたしめでたし。
*
「…………ど?」
ズミさんは気まずそうにわたしの方を見てくる。
「…………えっと、え?」
「だよね。おっけ。ほらみろユズキ。この話ツボってるのあんただけなの」
「え〜んマジ!? めっちゃ面白いのに! だってズミのお兄さん東大だよ!?」
「東大っ!?」
つい大きな声が出てしまう。すっごく頭が良いではないか。それも金の赤本の力か?
「えっと、ズミさんはこの話、お兄さんから聞いたの?」
「そう。キモかったから去年ユズキに話したんだけど大ウケでびっくりだよね。キモいだろ、当時もう中3のウチにこの話してくるの」
「う〜ん……金と銀の赤本って何が違うんだろうね……合格パワーあるのかな」
人のお兄さんを「たしかにキモイね」とは言えないので、話をそらす。
わたしとズミさんが微妙な気持ちになっていると、ユズキが、
「私さ、受験始まったら赤本落とそうと思ってんだよね。金の赤本欲しいから」
などと言ってくる。
「やめな」
「やめた方がいいと思う」
わたしとズミさんは声をそろえてユズキを止めに入った。
セオリー通りなら、正直者に続いた欲張りな木こりは、何も手に入れることはできないから……。




