第64話 オーバー・ザ・ホライゾン
マップが開放された瞬間、フィールドの均衡は音を立てて崩れ去った。
西の断崖――そこへ向かって生き残っていた4つのユニットが、一斉に殺到する。
だが、それは「狩り」ではなく、一方的な「処刑」の始まりだった。
それはもはや、対等なプレイヤー同士の戦いではなかった。
西の断崖、標高差にして数百メートルの頂。そこに鎮座する魔改造されたM110が、重装核の過剰なエネルギーを吐き出すたびに、荒野の空気が爆ぜる。
――ズ、ゥゥゥゥンッ!!
一射。
断崖のふもとで岩陰に潜んでいた予選1位通過のユニット『デザート・ストーム』のリーダーが、叫ぶ暇もなく爆砕した。防弾仕様のタクティカル・ヘルメットごと、頭部が赤黒いポリゴンの飛沫となって消失する。
「なっ、遮蔽物を貫通した!? 嘘だろ、コンクリートの塊だぞ、ここ……っ」
残されたメンバーの悲鳴を、二射目が無慈悲に塗り潰した。
――ズ、ゥゥゥゥンッ!!
岩を砕き、背後の地面ごと2人を肉塊へと変える。僕の脳内では、彼らを示す『点』が、ノイズ混じりにぷつりと消えた。
「ひ、引け! いったん距離を……!」
慌てて逃げ出そうとした別ユニットの足元に、三射目が着弾する。
――ドォォォォンッ!!
着弾地点を中心に半径数メートルの地面が陥没し、爆風だけで3人の四肢が千切れ飛ぶ。リスポーンの光すら追いつかない、圧倒的な破壊の蹂躙。
中継ドローンがその惨状を映し出し、全サーバーの視聴者が絶句しているはずだ。
かつてこれほどまでに、一撃で戦場を「拒絶」したスナイパーがいただろうか。
「……あいつ、一発撃つごとに銃身を冷却してるわ。そのわずか数秒が、私たちの唯一の勝機よ」
ベルさんの瞳は、冷徹にザックの銃火を分析していた。
「カツミ、行くわよ。……あいつらが、完全に『肉の壁』として消え去る前に」
――ズ、ゥゥゥゥンッ!!
地響きとともに、崖下に群がっていた最後の一組が、爆風に巻かれて絶命した。
殺到した4ユニットの残兵たちは、相打ちに近い形でザック以外のメンバーを道連れに肉塊へと変え、この一射を最後に、フィールド上の点は僕たちとザックの2つだけになった。
一撃ごとに銃身をパージし、熱を逃がすザックのM110。その「呼吸」の合間を縫い、僕たちは死の荒野を駆け抜けた。
開始から23分。残り距離、120メートル。
崖下まであとわずか。だが、魔改造された銃身は、すでに限界を超えていた。
「来るわよ……カツミ!」
ベルさんの叫びと同時に、ザックの照準が僕を捉える。
「カツミ!」
僕を庇うように飛び出したベルさんの身体を弾がかすめる。
――シュパッ!!
弾丸が空気を切り裂き、僕のすぐ目の前で炸裂した。視覚共有の衝撃が僕を叩き、意識が飛びかける。
ベルさんは真っ赤な飛沫を撒き散らし、物言わぬ肉塊となって地面に叩きつけられた。
「ベルさん……っ!!!」
衝撃に耐え、泥を噛みながら僕は前へ這い進む。
「あいつの銃、冷却が追いついてねえぞ! 今だッ!」
ベルさんの小さな骸を盾にするように、テツさんがミニミをぶっ放しながら躍り出た。
「喰らえ、クソ親父があああ!」
決死の反撃。だが、ザックのM110は、オーバーヒート直前の熱風を吐き出しながら、テツさんの胸部を無慈悲に貫いた。
――ズ、ゥゥゥンッ。
テツさんの巨体が、糸の切れた人形のように崩れ落ち、動かなくなる。
「……頼んだぜ、カツミ」
その最期の言葉だけを残して。
静寂――。
ザックのM110から、黒い煙が立ち昇る。
4つのユニットを一人で葬り去り、僕たちの仲間を奪い尽くした怪物は、ついにその沈黙を余儀なくされた。
「うあああッ!」
ザックがハンドガンを抜き、横を走っていた八代の肩を撃ち抜く。
「……ッ、エイト!」
崩れ落ちる八代。だが、致命傷じゃない。ザックが次弾を放とうとした瞬間、銃が――あるいは彼の指が、ジャムか何か別の理由で完全に沈黙した。
「……あ」
僕のM24もまた、重い音を立てて動かなくなった。ベルさんの加護が切れたのか、それともシステムがあの男との一騎打ちを望んでいるのか。
僕は銃を投げ捨てた。
腰の後ろ、水平に固定されたStrongArmのグリップを握る。
低身長を活かし、地面を這うような超低空の突進。
驚愕に目を見開くザックの股下へと滑り込む。
「……お前が、カツミなのか?」
ザックが、何かを諦めたように呟いた。
なぜ僕の名前を? ――そんな疑問は、今の僕にはノイズでしかなかった。
逆手に持った鋼を、ザックの急所へと突き立て、そのまま跳ね上がる。
最後に、彼の喉元を――鋼の牙が、深々と、そして冷徹に切り裂いた。
ザックの身体は、どさりと重い音を立てて大地の砂を噛んだ。
「……終わったな、カツミ」
「うん……」
最後の敵、ユニット『アイアン・ジャスティス』リーダーの身体が崩れ落ちると同時に、優勝者が決まる。
同時にシステムのアナウンスが無機質に、けれど全サーバー内に響き渡る。
「第6回PvP大会『オーバー・ザ・ホライゾン』優勝ユニットは『黄金凶星』!」
僕は逆手に持ったストロングアームについた血を腿で拭い、視線は前に据えたまま。背後に回した右手が鞘を捉え、乾いた音とともに水平の鞘へ吸い込ませた――。




