第62話 森へ……
僕たちは方位角ゼロを目指し北上していた。重いM24のスリングが肩に食い込む。ベルさんも足取りがおぼつかなく、テツさんとエイトを先行させていた。
「ベルさん、大丈夫……?」
少し上り坂になってきた道を、時々立ち止まり深呼吸を繰り返す彼女の横顔を盗み見る。座標データの処理だけでもかなりの負荷なのに、長距離移動は彼女の身体……というか精神にかなりのダメージを与えているに違いない。
「はぁ、はぁ、はぁ……大丈夫よ。ちょっとだけ酸素が足りないだけ」
それは現実世界での身体のことなんだろうか……僕はそんな気がしたけど、口には出さなかった。
「少し休みます? もう僕たちの位置はバレてるでしょうし、相手も待ち構えているでしょうから少し体力温存……」
「いえ、大丈夫。平気よ、これくらい。シオンのツラを拝むまでは、倒れてられない。私たちの位置がバレてても彼女のスキルはカツミの『赤眼』ほどの精度はないわ。それに、あなたのような『コンマ数秒の静止』からの射撃をしているのを見たことはない」
そうか、ベルさんはシオンの過去を知っている。もしかしたら、同じユニットで一緒だったのかもしれない。あるいは因縁の間柄とか……。
「あの子は私たちみたいに『座標位置』が視えるわけじゃない。だからテツとエイトで側面から揺さぶって、シオンたちの超長距離を妨害する」
「わかりました」
僕はシオンを探る――方位角ゼロ、距離541に視えた。もう、目と鼻の先だ。完全にベルさんをロックオンしているな。お互いに射程距内だ。
けれど、動かないのはなぜだ? 予選では躊躇せず撃ってきたのに……。
僕は139メートルほど先行しているテツさんと八代に指示を伝える。
「エイト。作戦だ。聞こえる?」
『ああ、バッチリ!』
「オッケー。距離139、方位角ゼロを中心に、13と347に別れてシオンたちがいる。二人で右翼と左翼を揺さぶって。僕はその間にシオンを倒す」
『オッケー。13と347な。距離はどれくらいだ?』
「距離はそれぞれ431と439。けど、森の中だから見えにくいと思う。両翼の2人はスキルがないから、見つからなければ撃ち逃すような距離じゃない」
『ああ、気を付ける。じゃ、4分後に攻撃開始する……』
――ドガガガガガガッ!!
――タタタンッ! タタンッ!
奇襲が成功したようだ。シオンの方を見るとベルさんに集中していたようで、チームメイトが倒されていることに気づいていなかったみたいだ。
そうか、シオンが狙撃を躊躇している理由はベルさんを盾にする、僕の「赤眼」による精密な狙撃を警戒していたからだ。
今ならいける――。
――ジャッ――カリンッ……。
――カチッ――ガチッ。
そのままボルトを前進させ、ハンドルを押し下げて完全閉鎖する。
スコープの十字の先に、再びシオンの姿を捉える。
彼女は古びた大木の根元、幾重にも重なる太い幹の隙間から、こちらを覗いていた。
風の流れ、湿度、重力。
僕の脳が瞬時に弾き出した「正解」へと、1ミルほど左上に銃口を補正し、静かに指先に力を込める。
――カチッ――シュパッ!
スコープの中で、シオンの頭部が衝撃で跳ね上がる。
彼女は崩れ落ちる間際、確かに僕の『赤眼』を……いや、僕の後ろに立つベルさんを見つめて、微かに微笑んだように見えた。
ドサリ、という生々しい音が聞こえた気がした。
「……やった」
あんなに強かった『ゴースト・アイズ』のリーダーが、今はただの動かない肉塊として、大木の根元に横たわっている。
「やったわね。カツミ……」
隣でベルさんが、絞り出すような声で呟いた。
その横顔は、勝利を喜んでいるようには見えなかった。
ただ、何年も止まっていた時計の針が、ようやく重々しく動き出した――そんな、ひどく疲れた色をしていた。




