第61話 蹂躙の十分間
19時が近づく。気の早いギャラリーたちのカウントダウンが地鳴りのように響き始めた。
「「「10――9――8――」」」
心臓の鼓動が速くなってくる。
「「「3――2――1――!」」」
視界がホワイトアウトし次に目を開けたとき、そこは想像していた本戦フィールドのどこかではなく、やや照明を落とした無機質な「控え室」のような空間だった。仲間3人の姿もそこにある。
あ、そっか。ここで武装の実体化と、最終的な装備確認を行うんだ。
納得すると同時に、僕は愛銃のM24を素早く実体化させた。
さらに、サプレッサーを取り出し、銃口へと慎重にねじ込んでいく。
――キィ、キチチッ。
金属が噛み合うわずかな手応え。
そして、腰の後ろには――一度も実戦で使ったことはないけれど、テツさんに「持っておけ」と言われた護身用の『StrongArm』を装着する。
背後に回した右手が、まだ新品の鞘をとらえる。水平に固定されたその硬い感触を指先に刻むように、僕は一度だけ強く、そのグリップを握りしめた。
中空に浮かんだデジタル数字は、「05:00」を刻み始め、カウントダウンを始めていた。あと、5分で僕たちの戦場が決まる。
誰かが始めたわけでもなかった。僕たちは自然に手を繋ぎ、輪になる。しっかりと、そして力強く。
「黄金凶星が最強だってことを、証明してやろう」
八代の震える声が合図だった。僕たち四人の身体は眩いポリゴンと化し、本戦フィールドに転送された。
本戦のルールでは、開始から10分間はマップが使用不能だ。その後も10分おきにわずか60秒間しか「真実」は開示されない。しかもそこに表示されるのは、リーダー名とユニット名のみ――でもその世界のルールに縛られているのは、僕とベルさん以外のプレイヤーだ。
転送と同時に、自分の位置を確認する。4つあるエリアのうちの、南エリア『坂の上の住宅街』の中腹だ。直後、脳内にフィールド全域に散らばる90人以上の『全座標』データが流れ込んでくる。
ベルさんはヘルメットのシールドをさらに強化したらしく、それほど苦痛ではなさそうだけど、それでもこの膨大な情報量は限界に近い。
周囲には僕たちと同じ予選2位、3位通過のユニットが数ユニット点在している。もちろんリーダーだけではなく、その陣形まで把握できる。
「ベルさん、この10分間に、近場の敵を掃除しておきませんか?」
「んーそうね。そのほうが後々楽よね。いつまでもこんな住めない住宅街なんかにいるよりは、北エリアの『静寂の森林』に少しでも近づいた方がよさそうね」
「はい、北エリアにはシオンたちがいますしね」
僕は住宅街に潜んでいる南側のユニットを索敵する――マップが有効になるまでの10分間、敵は動けないはずだ。
「……方位角167、距離613。捉えた」
そこには6人編成の『ブラッディ・ハウンド』が、路地裏で、待ち伏せを仕掛けようとしていた。
「テツさんとエイトは先行してください。僕がリーダーのガルフを倒すから、それを合図に路地に沿って隠れている残りのメンバーを掃除してください――で、いいですよね? ベルさん」
「そうね、いきなりリーダーがロストしたら、パニックに陥る。いい案ね」
「まかしとけー」
「うっす」
テツさんと八代は素早く、そして足音を立てずに僕が指示した方角へ約6分、警戒しながら移動していく。残りの約4分で決着をつけなきゃいけない。
待っている間の時間、僕も少しでも距離を詰めるためベルさんと移動を開始する。
先行した2人が敵陣につく頃を見計らい、ガルフの位置を確認した。
――距離191
ジャッ――カチッ――ガチッ。
僕はプローンポジションをとり、ゆっくりと初弾を装填し、引き金を引く。
――シュパッ!
乾いた発砲音が響く。ポリゴン化せず、敵リーダーはゆっくりと倒れていく。そうか、大会中は――戦場ではただの肉塊――『弾よけ』になるんだったな。
それを合図にテツさんと八代が、隠れている敵を仕留めていくのが『視えて』いた。
一丁上がりだ。僕たちは2人と合流するため、立ち上がる。
ベルさんは僕の隣に並び、ニッと笑う。
「次も、お願いね。死神さん」
悪戯っぽいけれど信頼に満ちた声。
僕たちは一言も作戦を確認し合うことなく、合流地点へと、その足取りを加速させた。
合流後、テツさんたちは廃屋の中に隠れていた。それはそうだろう。いくらマップが無効だとしても、いきなり周囲で戦闘音がしたら気がつくユニットがいるはずだ。
僕はすぐに屋根の上にいる四つの影を捉える。
「方位角12、距離137――屋根の上です。全員で!」
「じゃ、俺は右な」
「俺は右から2番目を!」
「僕は左から2人倒します……3、2、1」
――シュパッ!
空気を切り裂く鋭い風切り音が一度。一番左の影が、放物線を描きながら屋根から転落する。
――シュパッ!
間髪入れず2発目。動揺して足を止めた2番目の影の胸部を、僕が放った弾丸が貫通した。
「突っ込め! エイト!」
テツさんの怒号とともに、地上から二人の火力が一気に爆発する。
――タタタンッ! タタンッ!
エイトの放つM16A4の鋭い3点バーストが、逃げ場を失った屋根の上の残兵を追い詰める。
――ドガガガガガガガガガッ!!
さらにテツさんが手にするミニミから、5.56mm弾の豪雨が住宅の壁ごと敵を粉砕していく。
サイレントを自称していた『サイレント・エッジ』の断末魔は、圧倒的な重低音にかき消され、僕たちの『弾除け』へと成り果てていった。
敵4人全員を倒したのとほぼ同時に、僕たちは駆け出していた。
残された時間は、あと1分と少し。
住宅街の緩やかな下り坂を駆けおりれば、そこは中央の荒野へと続く合流地点だ。
けれどその戦略的要衝を塞ぐように、巨大な防弾シールドを並べた一団が立ちはだかっていた。
予選3位通過、『アイアン・ウォール』。
その名の通り、5枚の大型シールドを亀の甲羅のように組み合わせ、背後から重機関銃を突き出した移動要塞だ。
「まともに相手をしていたら時間が足りないわね。カツミ、いける?」
ベルさんの焦りを含んだ声。僕の視界の端では、システムマップ開放までのカウントダウンが赤く点滅している。
――01:12
「駆け下ります。テツさんは左、エイトは右を。盾の『隙間』を作ってください」
テツさんが笑いながらミニミを腰だめに構え、坂道の重力を味方につけて加速する。
――方位角3、距離89
その瞬間、僕は疾走の慣性を殺し、一瞬だけ左足を深く踏み込んで身体を固定した。
コンマ数秒の静止。
スコープの中に映るのは、重なり合ったシールドのわずかな継ぎ目。そして、その奥でこちらを覗き見るリーダー・バルカスの瞳だ。
――シュパッ!
サプレッサーが吐き出した死神の吐息が、シールドの覗き窓にある防弾ガラスを粉砕し、その奥の眼球を直接貫いた。
弾道を見届けるより早く、僕は再び地を蹴って加速する。
要塞の核を失い、一瞬だけ盾の列が乱れる。
「テツさん、エイト! 今です!」
――ドガガガガガガッ!!
――タタタンッ! タタンッ!
テツさんのミニミと八代のM16A4が、そのわずかな隙間に弾丸の豪雨を流し込んだ。内側から弾け飛ぶように、重装甲の兵士たちが次々と肉塊へと変わり、坂道を転がり落ちていく。
僕たちは足を止めることなく、死体の山を飛び越えて坂を駆け上がった。
目の前に、遮蔽物のない広大な『中央荒野』が広がる。
――00:03
――00:02
――00:01
『――システム、オンライン。全ユニットの現在地を開放します』
マップに、一斉に無数の光点が灯る。
と同時に、フィールド全域に凄まじい衝撃波のような怒号が響き渡った。
中継を見ている数万のギャラリーが目にしたのは、開始わずか10分で南エリアの3ユニットを消滅させ、最短距離で北へと突き進む『黄金凶星』の異常な進撃速度だったはずだ。
「……さあ、ここからが本番よ。シオン、見てるんでしょう?」
ベルさんが北の空を睨みつける。
僕の『赤眼』には、遥か遠く、北の森林に潜むシオンの冷たく鋭い座標が、はっきりと焼き付いていた。




