第58話 放課後の余談、あるいは深緑の繋がり
八代もすぐにリスポーンしてくる。
僕たちは何も言わず、システムメニューのログアウトを選択した。いつもは店に戻るベルさんまで――。
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勉強机の上には、提出予定の『高等部内部進学意思確認書』と『入学確約書』の控えが置かれている。
「女子生徒」として、あの学校に戻る。その決意を現実のものにしたはずなのに、僕の心は、今夜の敗北の「白」の中に囚われたままだった。
1月20日
PCの画面越しに聞こえる担任の先生の声。
僕は自室の椅子から動かずに、画面の中の出席確認に応える。
昨夜、性別欄を塗りつぶした書類は、仕事に行くついでに母さんが学校へ届けてくれたはずだ。4月からは、中学の校舎のさらに上の丘にある校舎へ――。
その「生」への実感が、昨夜の敗北の「死」の感覚と混ざり合い、ひどく胃の奥を重くさせていた。
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ダイブ直後、重い足取りで八代と二人で店に向かう。予選決勝の敗北について、重苦しい反省会が始まるかと思ったからだ。
けれど、ベルさんの、
「まぁ、あれはしょうがないわよ。明らかに格上だし、PGM338だかミニ・ヘカートよ? あんなもの振り回されたんじゃ、打つ手がないわ」
にはじまり、
「『.338ラプア・マグナム弾』なんかより、『7.62mm NATO弾』の方が圧倒的に大きくって、強力なのに!」
その後、グチにも似た話やら、レミントン愛を延々と聞かされる羽目になった。
まるでテツさんのミニミ愛みたいなもんだなーと思っているところへ、テツさんまでやってくる。
「お? 今日どうした浪人生」
「あれ? 今日予備校はどうしたんですか?」
「土日は共通テストだったから、今日は来てみたんだ。とりあえず、二位通過だったな。俺は参加できなかった。……すまん」
「全く手も足も出ませんでしたよー。それに、リアルの方が大事ですよ!」
僕にはまだ遠い大学受験を、テツさんは戦っているんだ。
「カツミちゃんはいい子だな」
「へへへ……」なんかほめられた。
「で、テツさん共通テストでも負けたのか?」
「それにひきかえ、相変わらず生意気だな、おまえは。
まあ、やれることはやった。試験会場が出身校の系列大学で、六浦だったんだ。
それで急に懐かしくなって、今日ちょっと高校に寄って元担任に挨拶にいったんだ」
「「……六浦の大学?」」
僕と八代は顔を見合わせる。
「テツさん、もしかして学校はあの坂の上の六角塔がある?」
「三春台の?」
「そうだよ」
「お寺の脇のだらだら長い、歩幅と合わない階段上って?」
「黄金町が最寄駅の?」
「ああ……って、なんでお前ら知ってるんだ?」
「「だって、僕たち三春台学院の生徒ですから!!」」
「「えええー?」」
その言葉に、今度はカウンターの奥でベルさんまで、これまで聞いたことないような大きな声をあげた
「え? ベルさんどうしたんですか!?」
やがて彼女は、少しだけ寂しげで、けれど慈しむような微笑みをうかべてつぶやいた。
「奇遇ね……。私も、その坂の上の学校に籍を置いているわ」
「「えええええー!?」」
今度は僕たちが驚きの声をあげる番だった。
「聖書の先生は?」
「カラス!」
「「あはははは!」」
しばらく三人で先生のあだ名やら担任は誰だったかと話し込んでいると、ベルさんがちょっとムッとして口を開く。
「ほら、あなたたち。浮かれるのはここまでよ。
私たちは二位通過。本戦の配置は、一位のシオンに見下ろされる『低地』からのスタートになるわ。
テツ……も、ちょうどいいところに来たわね。聞きなさい」
ベルさんは先輩だから態度を改めようと一瞬戸惑ったようだけど、今までどおりに話し始めた。
「2月2日の本戦。現在わたしたちは崖っぷちではないけれど、二位通過なのを忘れないこと。一位通過ユニットと比べて、かなり不利な状況下に置かれるわよ」
けれど……ベルさんの「籍を置いている」という言葉。いつか言っていた、「事情があって、今はここが私の『教室』なの」という、あのつぶやき。そして「あっちで点滴バッグを眺めること」という、あの時の、現実を拒絶するような響き。
……何かが繋がったような気がしたけれど、僕は本戦に向けて、それ以上考えるのをやめた。
本戦。崖の下から見上げる、十六ユニットの殺戮戦。
僕たちがやるべきことは、もう決まっているんだから。




