第52話 十二月の沈黙、あるいは止まらない秒針
12月3日
11月28日の感謝祭礼拝を終えると、いよいよクリスマスと、期末試験の足音が聞こえてくる。
オンライン授業の終わり際、先生が「赤点は冬休みの補習対象だ」と念を押す。
八代がスマホにチャットを飛ばしてくる。
『聞いたか? 「赤点は冬休みの補習対象」だって。お前は大丈夫だろうけど、俺はヤベえ。かあちゃんからダイブ禁止って言われそうだ。それだけは勘弁だ』と。
今の僕にはその焦りさえ、どこか遠い世界の騒音にしか見えなかった。
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12月10日
『BELL’S AMMO』の店内。
今日も主のいないカウンター。僕は指定席に座り、自分のライフルのボルトを無意味に抜き差ししていた。
珍しく、テツさんが一人でやってきた。
「……よう。今日も、なしか」
テツさんは空のカウンターを一瞥し、困ったように眉を下げて僕の隣に腰を下ろした。
テツさんもログインしていなかったけど、メンバーのステータスは確認していたらしい。
「ベルさん、どうしたんでしょう。もう、一週間も……」
「そうだな。あんなに毎日いた人が急にいなくなると、なんだかこの店、妙に広く感じるな」
テツさんは、M249をカウンターに置き、僕の横顔をじっと見た。
「カツミ。お前、大丈夫か? さっきから、一度も俺と眼が合ってないぞ」
ハッとして、僕は顔を上げた。
そうだ。僕は今、テツさんの顔を見ているつもりで、無意識に『絶対座標』を追いかけていたのかもしれない。
彼の心音の響き。座標。風の通り道。
「……すみません。ちょっと、考え事をしていて」
「無理すんなよ。ベルさんがいない間、この場所を守るのも大事だけど……お前までどっか行っちまいそうで、ちょっと怖いんだわ」
お人好しのテツさんらしい、真っ直ぐな心配。
けれど、僕が今見ている『真実』の景色を、彼に説明する言葉を僕は持っていなかった。
「けど、安心しろ。ベルさんダイブはしてないが、ログインはしているようだ。データの更新だけはしてるみたいだぞ。
昨日、店内の商品リストが少しだけ書き換わってたんだ。
売れ残ってたのは売っちまったのかわからんけど、お前専用の『炸裂弾』と、7.62x51mm NATO弾。24インチ交換用バレルも。
それとM24用光学サイト、M19A1アモカンの在庫が増えていた」
「それって僕用のだね」
「ああ、それに5.56x45mm NATO弾、M203 グレネードランチャーに40mmグレネード弾……これはエイト用だな」
「うん」
「おまけに5.56mmリンク弾まで増えてやがった」
「あーそれ、テツさんのだ」
「だな。そして『StrongArm』まで。これは護身用にみんな持っていた方がいいな」
けれど、その整然と並んだ在庫の列は、『それを使い切るまで私は戻ってこないわ』と、ベルさんが静かに告げているような気がして仕方がなかったんだ。
「……なあカツミ。この弾、一発も無駄にするなよ。あいつが戻ってきた時に、空のアモカンを見せてやろうぜ」
テツさんの不器用な励ましに、僕は小さく頷いた。
そこへ、少し遅れて八代がログインしてきた。
「よお! わりー遅れた! ……って、テツさんもいたのか。ちょうどいい、今日は三人で新しい場所に行ってみないか?」
八代が提案したのは、7番ゲート。偵察ドロイドの群れの先にある、通称『常闇の森』だった。そこにも数は少ないけど、ドロイドがいるとのことだった。
高低差のある起伏と、複雑に生い茂る針葉樹林。
けれど僕が『偶然』と『必然』のスキルを同時に発動すれば、やれるはずだ。
「ベルさんがいない間、僕たちが鈍ったなんて思われたくない。行きましょう、7番ゲートへ」
僕はベルさんが補充してくれたばかりの7.62mmベルさん特製『炸裂弾』を5発だけマガジンに詰め、立ち上がった。
7番ゲートの偵察ドロイドの群れを狙わず、さらに深い森に足を踏み入れる。
足元は落ちた葉や枝が積み重なり、不安定だ。
周囲は、『午後二時』の光が樹冠に阻まれ、薄暗い。
さらに市街地のように直線的な射線が通らず、風の読みも木々に遮られて不規則になる。
――いる。何体かの偵察ドロイドが木々の間にいるのが『視える』。工場地帯のドロイドと比べ、なんだか動きがない。
射線が通る所にいるドロイドを探す……。
方位271、距離480。高度10メートル。短距離だけれど、今はそれしか見つからない。
引き金を引き、ポリゴンの光を確認。
「ほー、カツミいつの間にそんなに射撃が上手くなったんだ?」
そういえば、テツさんと外征に来るのは久々だ。
「いろいろ訓練したんですよー」
本当にいろいろあったけど、テツさんには、それだけを伝えた。
マガジンが空になり、僕は二人の戦闘を見てみる。
八代は近距離から、動きの遅いドロイドを狙い、テツさんは相変わらず空薬莢をばら撒きながら、それでも確実にドロイドを落としていく。
僕だけじゃない。みんな少しづつ腕を上げているのを感じた。
装填してきた分だけの弾薬を使い切り、店に戻る。
三人でドロイドの動きが鈍かっただの、僕の射線はどうして通したんだ? とか話しながら。
――カチャン。
扉を開けると、照明が点いている。
あれ? カウンターの奥。いつもの場所に、いつものように、ベルさんが座っていた。
一週間の空白なんて、最初からなかったかのように。
「……あら。みんな、おかえり。私が用意した弾、ちゃんと使ってくれてる?」
「ベルさん! どこに行ってたんですか!」
八代が詰め寄るけれど、彼女はガラス細工のような瞳を細め、ホロ・タブレットを軽く叩いただけだった。
「少し、機材のメンテナンスに手間取っただけよ。それより……」
彼女は僕の碧眼をまっすぐに見つめ、いたずらっぽく微笑んだ。
「次のPvP大会、エントリーしておいたわよ。ユニット名は、『不協和音』改め、『黄金凶星』――カツミの二つ名『赤眼の凶星』からとったのよ? 異論はないわね?」
その言葉は、僕がぶつかっていた『79パーセント』の壁を、粉々に粉砕するような響きを持っていた。




