第5話 イエス・マム!
顔を上げると、目の前に立つのは、野戦服を完璧に着こなした女性NPCだった。ホーム画面の説明にあった通称「鬼軍曹」だ。
彼女の頭上には、ただ白い文字の『訓練教官(Drill Sergeant)』というタグが空中に固定されたように浮かんでいた。
話す言葉は日本語。さすがVR空間だ。瞬時に翻訳してくれる――というか、NPCだからプレイヤーに合わせてんだろうな。
そんなことを考えながら、上半身を起こす。ちゃんと身体が動かせる。
ダイブ成功したんだ!
周りを見まわすと、僕と鬼軍曹しかいない。八代はどこに行ったんだ。
「あれ? 八代は?」
思わず口にする。あ、ちゃんと話すことができるんだ。
「あ? なんだそれは。ここには、お前しかおらん。いいから立て」
鬼軍曹に襟首を掴まれ、無理やり立たたれる。
少したたらを踏んだけど、二、三歩歩く。うん、立つことも歩くのも自由にできて一安心だ。
直後、鼓膜を突き破るような射撃音か爆音が響く。思わず耳を塞ぐ。
「ボサッとしてないで、聴覚感度を下げろ! 脳を焼かれたいのか、このゴミ虫が!」
鬼軍曹は僕のパニックを、冷徹な眼差しで切り捨てる。
「はい」
僕は慌ててメニューを出し、聴覚感度のスライダーを左へずらす……途端に、世界を揺らしていた爆音が遠くの残響へと変わった。
「『はい』だと? ここは小学校じゃないぞ、ゴミ虫! それから私への口答えは一切許さない。返事はただ一つ、『イエス・マム』だ」
「はい」
「イエス・マムだ!」
「イエス・マム!!」
息がかかるほどの距離で睨みつけられ、僕は反射的に直立不動の姿勢を取っていた。
僕の態度を見て鬼軍曹が言う。
「少しはマシな返事ができるようになったか。死にたくなければゴーグルを下げろ。情報の取捨選択もできん者は、戦場ではただの肉塊だ」
「イエス・マム!」
僕は鬼軍曹の指示に従い、装備した覚えのないタクティカルゴーグルをカチリと下げる。
今までわずかに焦点が合っていなかった視野が、ゴーグルを下げた瞬間青みがかったハイコントラストな世界へと変貌した。 目の前のノイズが消え、視界の端に青白い『LP:10/10』『COMPASS:0(N)』といった数値、そして『Recruit:A-Katsumi』が表示されている。
「いま見えている情報は、生命力が10あるということだ。それがゼロになったら、死んでリスポーン地点に戻る。いまは初期演習施設、またここに戻ってくる。COMPASS:0(N)は、ゴミ虫のツラが北を向いているということだ」
軍曹の言葉に首を左に向ける――視界が揺れずに追従してくる――と、視界の端の数値が『COMPASS:288(W)』と滑らかに書き換わった。僕の動きが、この世界と完全に同期している証拠だった。
僕の容姿――金髪碧眼や身体のライン――を冷ややかに観察していた軍曹が、「そのナリで何ができるか見せてもらおうか。ついてこい」
と、射撃ブースと思われる場所へ僕を連れて行く。




