第49話 再会の境界、あるいは守護者の帰還
11月14日
オンライン授業もないのに、習慣で7時に目が覚める。
今日は八代が研修旅行から帰ってくる。三日間もダイブしてないあいつのことだ。帰宅するなり「カツミ! ログインしてるか?」と言ってくるだろうな。
僕は、この三日間と同じに午後から……と思ったけど、昨日のことが思い出され、少し迷ってしまった。
ベルさんとの、あの距離。
『視覚共有』のせいもあるけど、あんなに近くで女の子――自分の身体もそうなんだけど――と見つめ合うなんてことは、生まれて初めての経験だったから、なんだかどうしようもなく、気まずかったんだ。
ベルさんはアメリカ人だから、ああいったコミュニケーションには慣れているんだろうけど……。
そして、意識が遠のいたとき、ログアウトの瞬間だと思うんだけど白熱した頭に響いたのは、ベルさんが僕の名前を呼ぶ声だったような気がした。その声は、まるで「お別れ」をするような声だった――。
ログインしようかどうか迷ってる間に、八代からメッセージが立て続けにスマホに入る。
『カツミ! 既読スルーばっかでひでーじゃねーか! 今、飛行機降りたぞ!』
『既読スルーの罰で土産はなしだ!』
『今横浜駅に着いた。あと30分で着くから待ってろよ!』
あーあ、また現実は、うるさくなるなぁ……。
そうこうしているうちに、「カツミいるかー!」と勝手に玄関を開けて入ってくる八代。
え、もうそんな時間? と、時計を見ると16時半。
土産なしだなんて言ってたくせに、定番の「もみじ饅頭」に、ファンでもないくせに「広島東洋カープ」のタオルマフラーやら、初めて見る「瀬戸田レモンケーキ」なんかを両手いっぱいに持っていた。
「じゃ、17時。あっちでな!」と、呆れた顔をした母さんに、土産を渡して嵐のように去っていった。
しょうがない。ごちゃごちゃ考えてないで『真実』に戻ろう――。
+++
早めに着いたのはいいけどベルさんに顔を合わせるのは、まだちょっと気まずい……。
けれど店の扉を開けると、ベルさんはいつもどおりにカウンターの奥に座って、僕を出迎えてくれた。
「おかえり、カツミ」
昨日までとは違う、呼び捨ての「カツミ」――でも、なんだかそっちの方が正しい気がした。
「ただいま、ベルさん!」
カウンターのコーヒー、ベルさんの微笑み。けれど、少しずつ、ベルさんも僕も変わっていく。
「今日からカツミは、私がいなくても一人で外征に行けるわ。あなたはすでに、両方の『真実』を手に入れたのだから」
その言葉は、僕が『偶然』と『必然』のスキルを、もう自力で同時に発動できるということだ。
「はい。では、行ってきます。そして、『赤眼の凶星』の名を、轟かせてやります」
「そう、それがシンクロ率をさらに引き上げる近道……あ、待って。そろそろあなたの守護者が来るわよ。彼と二人の方がいいわ」
あ、ベルさんは八代がログインしたのがわかるんだ。僕はまだその高みには辿り着いていない。
――ガチャン!
重い鉄の扉が乱暴に開き、眩しい「午後二時」の陽光と共に、聞き慣れた騒がしい声が店内に飛び込んできた。
「よおカツミ! 三日ぶりだな! ……って、おい、なんだその顔。なんか雰囲気変わってねーか?」
八代が僕の顔を覗き込み、それからカウンターのベルさんを見て、不自然に眉を寄せた。
「そ、そうかな?」
僕は何かを隠すようにはぐらかした。それは、八代には決して分かり得ない、スナイパーとしての高みを目指した三日間の濃密な時間。
――教えたくない。
僕とベルさんだけの間に流れた、あの白熱するような『真実』を、今の僕は何よりも大切に胸の奥へとしまい込んだ。




